車、SAAB、飛行機

2017年11月10日 (金)

サーブと ボルボの 切手

 SAAB と VOLVO どちらが好き?
 
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 切手の図案は同時代の両社を代表する車で「 SAAB92 1950 」  「 VOLVO PV831 1950 」 と欄外に書いてある。
 
 身贔屓だが、やはり SAAB 92 のほうが軽快で速そうだ。
 

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2017年8月15日 (火)

ロンジンの 腕時計

 この時計は、商業ビル1階の小さな時計屋のショーケースに陳列してあった。
 一目見て、白い文字盤に長体のローマ数字、細い針、薄いケース、この簡素さがアイビースタイルに合っている、と思った。
 
 上の階にいつも立ち寄る本屋があったので、時々ショーケースを覗いた。そのたびに今日も売れていなかった、という不思議な安堵感が生まれてきた。
 始めて見た時から 2、3年たったころに悩ましい思いを解決した。1970年代なかばだったと記憶している。
 
 竹斑という上質なワニ革をベルトに使っていることや、ロンジンという会社について時計屋の親父さんから説明されたことを覚えている。
 傷んでしまったベルトは二度取り換えたが、尾錠はオリジナルを使っている。
 
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            薄さ 6.3mm  引き算の美
 
 
 薄さを競っていたあの頃が機械式時計のピークで、やがて時代はクオーツ式になってロンジンの凋落も始まった。
 
 商業ビルも時計屋さんも、今はない。
 
 
 
 あるクラシックカーフェスティバルの会場で、その時計は〇〇かと聞かれて驚いた。生憎メーカーは違っていたが、歩いている人の腕時計を見極める趣味人がいたことがうれしかった。
 
 
 
 
 

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2017年8月 5日 (土)

ロンジンの 航空時計

2017.08.15 02 加筆

 

 1930年代ウイームスモデルの復刻版。
 
 復刻といっても文字盤のデザインを復刻したもので、自動巻きや日付機能は現代の使用状況に合わせたのだろう。
 
 この後に、リンドバークモデルも復刻発売になったと記憶している。
 ウイームスはリンドバークの航法の師匠にあたるらしい。
 
 
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     後方 : ローマ数字も美しい機械式ロンジン  1970年頃製 
     手前 : 中三針の復刻版ウイームスモデル
 
 何年前だったか、ある雑誌に購買欲を刺激するように「復刻版・世界限定3000本」と書かれた広告が目に入った。
 アラビア数字と青焼きした針に塗られた蓄光塗料が、航空時計を意識させた。また、仰々しくないデザインと茄子色の針から精密さとレトロな味わいを感じて、3000人の一人になった。
 裏ブタには製造番号が No.3**/3000 と刻んである。
 
 この時計の針の色から、父親がプレス用精密金型を作っていた姿を思い出す。
 鋼材のブロックを油焼き入れすると、きれいな茄子色に変色する。それへハイトゲージを使ってケガキ線を入れる作業だ。
 グラインダーや金ノコであらまし切り取り、その後は玉の汗を流しながらひたすらヤスリをかけて、複雑な打ち抜きや曲げ、絞り加工の雄型・雌型を削り出してゆく。
 従って、私の中ではアナログ計器の針の色は、黒色より茄子色のほうを上位としている。  
 
 
 
 父親から昭和16年前後、当時では珍しい中三針の腕時計をしていたと聞いたことがあった。戦前の話だから、このウイームスモデルのような気がするがどうだろう。
 
 
 
 
 
 

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2017年7月 4日 (火)

SAAB の 記事

 最近のSAAB社について「 SAAB その背景と実像を探る」と題する記事が、『航空情報』(せきれい社) 誌の 2016-12月号、2017-1月号、2月号に短期連載された。
 取り上げる時期を逃してしまったが、記しておこう。
 
 
  SAAB といっても、車ではなく防衛関連の本家の方である。
 
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   左上 『 SCALE AVIATION 』(大日本絵画)Vol.86 SAAB 特集  
     手前 『航空情報』(せきれい社) 2016-12、2017-1、2017-2
 
 
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 記事から、破綻したサーブオートモビルを買い取った新興メーカーへ 「 SAAB 」ブランドの使用許可を出さなかった理由を妄測した。
 
 
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      SHAP 関数電卓 ピタゴラス   FAIRCHILD  TEL
 
 記事に出てくるフェアチャイルドとは名前つながりの参考品で、こちらは集積回路のメーカー。
 
 「 FAIRCHILD 」右の「 TEL 」は、東京エレクトロン社のロゴである。
 1980年に山の先輩からもらったモノで、「 TEL 」取材記念の品とのこと。
 四則計算・不良率計算がせいぜいの私には関数を扱う機会がなく、ポルシェで近所のスーパーへ一本の牛乳を買いに行くような使い方だったといえる。
 
 
 
 『航空情報』誌を古くからご存知の方は、出版社名が「せきれい社」となっていて驚かれたのではないだろうか。
 創刊した「酣燈社 (かんとうしゃ) 」は経営が行き詰まり、『航空情報』誌を2014年に「せきれい社」へ移管し雑誌は残せたが、2016年2月に「酣燈社」は倒産した。
 
 昨年11月の当ブログでも取り上げた「創文社」のように、出版不況の波に老舗は姿を隠した。
 
 小さな出版社と細く長く付き合っているが、そこもすでに徳俵に足がかかっている。
 このままデジタルに寄り切られるのか。生き残りの奇策はあるのか。
 
 
 
 

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2017年6月 1日 (木)

SAAB Automobile AB 幻の 70周年

 今年(2017年)は、 SAAB ファンにとって記念すべき年だ。
 
 
 SAAB が飛行機を作り始めて80年。
 
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     SAAB B17 :初めて設計・製作した全金属製爆撃機
 
 SAAB が自動車も作り始めて70年。
 メーカーは消滅したが、SAABファンは健在だ。
 
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     SAAB 本社工場の入館証(右)と、フェスティバル入場証
 
 そして、SAAB OWNER'S CLUB OF JAPAN (SOCJ) 発足35年という節目の年でもある。
 
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                SOCJ発足時のステッカー
 
 9月17日、18日には SOCJ 主催の  21th SAABDAY が、長野県安曇野市で開かれる。
 SAAB を磨いておこう。
 
 
 

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2017年3月 5日 (日)

SAAB 99 の 切手

2017.03.15 02 加筆
 
 SAAB 99 の 台紙付き切手です。
 
 SAAB 99 を入手して間もないころ、外国のオークションサイトでこの切手を見つけ SOCJ の友人に頼んで落札しました。
 当時はよく出ていましたが、最近は見なくなりました。
 
 古い車のオーナーになると、そのメーカーの歴史や、カタログ、グッズ等に興味が湧いて、調べたり関連するモノを収集したくなる方は少なくないと思います。
 
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 さて、台紙に描かれた SAAB 99 は、 '72-'73 年の EMS ヨーロッパモデルでしょう。
 インパクトアブソーバのバンパー。ウインカーの形状と位置。通称サッカーボール形のホイール。グリル中央のモヤモヤっと描かれている SAAB ems らしきエンブレムなどからの推測です。
 
 しかしながら、ボディー色が  '72-'73 年のコッパーコーラルにはひいき目に見ても難しく、 '74 年から登場した同じメタリック塗装のシルバークリスタル(スターリングシルバー)ではないかと、となると ・・・・・ まあ絵ですからね。
 
 切手のほうは、グリル中央の枠取りが台紙のイラストに比べ横に広いのとヘッドレストの形から、間違いなく '74 年のモデルに見えます。
 
 こんな風に、あれこれ想像することも楽しい趣味の時間です。
 
 
 
 ほかに、 SAAB 96 のラリーシーンを描いた切手?封緘紙?も発行されたし、SAAB の飛行機切手も数点発売されました。
 
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                  Carlsson " On the roof " !
  "逆さま "になっている文字を見て、ひざを打つ人はSAABエンスーです
 
 
 次の機会には SAAB の飛行機切手を取り上げましょう。
 
 
 
 
 

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2016年9月21日 (水)

SAABの ミニカー Ⅱ

 ミニカー蒐集の趣味はありませんが・・・。
 
 
 
 
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           SAAB 96 SAAB 900 Turbo
 
  SAAB 96 の裏面には「MADE IN SPAIN ・ 1/86 ・ EKO 」。片や SAAB 900 Turbo には 「 WINKING BERLIN-W 」の文字があります。
 
 
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       SAAB Mercedes-Benz     

 
 
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        SAAB Tram
 
 MB のトラックとトレーラーは、「 WINKING GERMANY 」、トラムには「 WINKING BERLIN-W 」 この二通りの表示は製造年代の違いによるものでしょうか。また、 WINKING はあえて縮尺を記さなくとも分かるほどの先駆的なメーカーなのかもしれません。製品を手に取って見ると、精細な作りに世界中に多くの愛好家がいるのもうなずけます。
 WINKING のホームページには 1/87 と 1/160 のプラスチックモデルと、 1/43 のダイキャストモデルがラインナップされていました。
 
 スペイン1/86、ドイツ1/87。微妙な縮尺差です。飛行機のプラモデルは、1/144・1/72・1/48など、鉄道模型も HO ゲージ・ O ゲージなど国は違えど縮尺は統一されているように見えますが、ミニカーの世界では各社独自路線を構築しているのでしょうか。
 
 
 
 レトロな雰囲気のトラムは、何という車両をモデル化したのか分かりませんが、昔ヘルシンキで見かけたトラムに少し似ています。
 
 
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        1997 HELSINKI 
 
 
 
 
 
 

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2016年8月23日 (火)

SAABの 飛行機プラモデル

 *購入車両 SAAB C900i に決め、西武自動車販売㈱へ実車を見に行った時の事。裏手の薄暗いピットの中にあった黒いC900。 そのボンネットから立ち上がるフロントガラスがまさに戦闘機のキャノピーに見えた瞬間、眠っていたヒコーキ少年のこころが揺り起こされました。      
 
 
1986900
 
 
 以来、スウェーデン戦闘機と SAAB 製航空機の変遷を、プラモデルの箱絵でつづってみたい、と構想30年?ようやく実現しました。
 
 
 スウェーデン空軍は創設期から外国機で構成してきましたが、欧州がきな臭くなってきた1936年以降は、さらにハンドレページハンプテン爆撃機、ブレゲー694攻撃機、ユンカースJu86K爆撃機、フォッケウルフFw44Jシューティングリッツ初歩練習機などを各国へ発注して空軍力を増強しました。
 それに伴って、1937年に SAAB ( Svenska Aeroplan Aktiebolaget ) も創立され、機体やエンジンのライセンス生産を進めて技術力、生産力を高めました。
 
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                                         © Saab AB
 1941年からは、アメリカ人技師の協力を得ながら、国産機 B17 を作り始めました。ただし、エンジンは米国(P&W)や英国(Bristol)などのライセンス生産品です。
 車も当初は DKW 、 FORD 、TRIUMPH 等の外国製エンジンを載せていましたが、1972年の 99 から悲願だった自社製の2リッターエンジンを搭載するようになりました。
 
 
 
スウェーデン空軍の制式戦闘機 ( Jakt )
 表のJ1からJ35ドラケンまでは使用年数、機数を入れてありますが、参考文献(1966年)以降に登場したビゲン、グリペンの機数等は未確認です。
 
Ssweden_2015
 
 
 
SAAB が設計開発した航空機
 表は1941年の B17 から J39 グリペン、SAAB 340までを載せました。
 B17 は SAAB が初めて設計・製作した全金属製爆撃機で、その爆撃照準器はスウェーデンで開発したと文献にありますから、当時創立した航空カメラメーカーのハッセルブラッド社が担当したかもしれません。
 
S_saab_2015
 
 
 SAAB 90 「スカンディア」、  91 「サフィール」は飛行機、そして黄色欄の 92 、 93 は自動車と続くことから当時の開発番号は、飛行機も自動車も一元管理だったことが分かります。
 その後、1950年代から爆撃機を攻撃機に分類変更したように、大きな見直しがあったので、「9~」番号は車専用になったと考えます。
 
 
 それにしても、スウェーデン国籍のマークがついている飛行機のプラスチックモデルが、これほど種類豊富に市販されたことに驚きました。
 
 
 
参考文献: 『航空ファン』(文林堂)1965~1966年各号
        『仏・伊・ソ 軍用機の全貌』(酣燈社)
 
 
 
 
 

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2016年7月26日 (火)

SAAB 99 と 9-3 Sport Estate

 先日、青森を目指して東北自動車道を北上していたら、フュージョンブルーの SAAB 9-3 Sport Estate が追い越していった。
 
 それは那須高原付近だったろうか、バックミラーに映った顔で 9-3 と識別できたが、並んだ時にエステートと分かった。セダンはたまに見かけるがエステートは初めてだ。
 新車が出なくなった今、貴重な瞬間だと思いつつ、いつものペースで走っていくと、くだんのエステートが走行車線に戻っていた.。挨拶をして追いぬくと、エステートはぴたりと後に車間を取る。郡山を過ぎても、仙台を通過してもついてくる。どこまで行くのか帰るのか、興味がわいた。
 
 
 わが * SAAB 99 は固有振動数がゼロになる速度領域があって、それが C900 や 9-3 と同じなのは計算されたものだろうか。その領域に入ると、実に快適な移動空間になるのだが。
 
 
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S9993
      東北自動車道 前沢SA  99 9-3 Sport Estate、DNAが感じられる?
 
 
 時刻は17時をまわった。
 
 今日も宿を決めずに出たので花巻で宿が取れれば一泊し、取れなければこのまま青森まで走って早朝の温泉で汗を流そうか、と思案しながら左のウインカーを出して前沢SAへ。後ろのエステートも続いて入ってきて駐車したのが上の写真。
 
 エステート氏は岩手県滝沢市で、サーブを中心とした輸入中古車のネット販売を生業にしているという。この日、新しく仕入れたエステートで戻る途次、 SAAB 99 と遭遇したというわけである。
 名刺交換のあと、最近のサーブ人気や部品事情など、しばし歓談してから別れた。
 
 走行中に挨拶をしたサーブオーナーと話ができたのは初めてなので、少なからず縁というものを感じたひと時だった。また、サーブファンとしてサーブの減少カーブが少しでも緩やかになるようエステート氏の盛業を願い、花巻へ向かって東北自動車道を離れた。
 
 
 
 
* )
 
 
 

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2016年7月10日 (日)

航空切手

2018/3/09  03版 加筆
2016/7/13  02版 修正
 
 下の航空切手は1999年頃、勤務先の方がエアメイルから切り取ってくれたものです。
S_2
        NZ Post office stamp/   Boeing & Westervelt Seaplane
 US Post office stamp/  Ring-necked Pheasant,  Jacqueline Cochran,  Eddie Rickenbacker 
 
 
 女性の名はジャクリーン・コクラン(1906~1980)。米国女性パイロットの草分けの一人。1938年にベンディックス トロフィー レース(ロサンゼルス~クリーブランド間の北米大陸横断速度競争)で優勝しました。記録は距離 2,042 miles を 8時間10分 31秒4 で飛び、平均時速 249.11 m/ hでした。 (Wikipedia: Bendix Trophy  による)
 背景に搭乗機セバスキーP-35が描かれているので、この時の様子を図案にしたものと思います。彼女は女性として初めて音速を超えた記録のほか、女性初のタイトルをたくさん持っています。
 しかし、米国の女性パイロットとしては アメリア・イヤハート (1897~1937) の方が知名度では高そうです。
 先頃、季刊誌『kotoba』2016年夏号(集英社)に掲載された、青木冨貴子「女性飛行家 アメリア・イヤハートの生涯」を読みました。女性初の単独大西洋横断の快挙以上に、世界一周旅行の途中、南太平洋で忽然と姿を消してしまったという謎、が多くの人の関心を引き付けているのですね。
 来年(2017年)はイヤハートが消息を絶って80年目、新しい発見が出来するでしょうか。
 
 男性は、エディ・リッケンバッカー(1890~1973)。第一次世界大戦で26機を撃墜したことで有名な、米国のエースパイロットです。背景の複葉機は彼が、ヨーロッパ戦線で闘っていたころの搭乗機 * スパッドS.13です。胴体にシルクハットが描かれていますから間違いありません。
 彼は戦後、イースタン航空の社長を務めた実業家でもあったことは、インターネットでやすやすと調べられるでしょうからこの辺で。 (参考  Wikipedia: Eddie Rickenbacker など
 
 この二枚の切手は、パイロット・シリーズで何種か売り出されたものと推測します。ベンディックス レース優勝の女性とWW1の撃墜王があって、アメリア・イヤハートの切手がないのは不自然ですからね。
 目白の切手博物館へ行けば、その疑問は速やかに解消されるのでしょうが・・・。
 
 左の鳥の絵は高麗雉で、日本の雉は首に白い輪がないので見分けがつきます。私の着ている米国のビール会社名のTシャツにも、高麗雉が描かれています。米国で雉と言えば高麗雉なのでしょうか。
 上段のニュージーランドの切手は、水上基地へ向けて左へ操縦桿を倒した複葉水上機。後ろ姿ではありますが、プラモデルの箱絵のようです。複葉も単葉も水上機はかっこいい。
 
 
 さて、小学生六年の時に買ったストックブックに、一枚の切手を見つけました。
いみじくも 「 1910-1960 航空50年記念 」 。 
 
 
Photo
 
 
 
 
 
 
* 関連記事:SPAD S.13 1970年 資生堂 MG5 のポスター  
 
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【3月9日 AFP】1937年、世界一周飛行中に太平洋上で消息を絶った米国の女性飛行士、アメリア・イアハート(Amelia Earhart)をめぐり、南太平洋の島で見つかっていた骨の測定値を再調査したところ、イアハートのものである可能性が高いことが米大学の調査で明らかになった。
と報じた。
 

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