2018年5月25日 (金)

明治150年

 人口に膾炙されているが、
   降る雪や明治は遠くなりにけり  中村草田男
 
 今年は明治維新から150年ということもあって、催し物や、明治維新に関する出版物も発行されている。
 
 50年前の昭和43年(1975年)には明治100年を記念して、「銀座スクエア」というミニ冊子が発行された。
 
S
 
 第1号の表紙には、明治100年代銀座祭記念創刊、奥付に GINZA SQUARE No.1、 昭和43年10月10日発行、定価10円 とある。
 
 手元に残っている最後の「銀座スクエア」は昭和48年7月20日発行の21号なので、5年間はメグロ1K に乗って銀座のソニービルまで買いに行ったことになる。
 雨上がりの都電のレールは、タイヤが滑ってひやりとしたことがあった。
 
 そのころから毎週のように山へ行きはじめたので可処分所得と時間は、メグロや銀座から山へ移行していった。
 
 その後「銀座スクエア」は何号まで続いたのだろう。
 
 
 

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2018年5月13日 (日)

ローバーの ビブラム剥がれ

 LOWA(ローバー)軽登山靴のビブラムが剥がれた。
 
Slowa
 
 
 過日、お花見山行に誘われたので靴を出すと、ビブラム底とクッション部分の接着がはがれていた。
 これがウレタン底の弱点、加水分解による剥離だ。
 購入してから20年になるだろうか。さほど活躍しないうちに残念なことになった。
 手元にきた後、6月の南本内岳でスプーンカットの残雪が固く、キックステップが効かなくて往生した記憶がある。
 
 登山用品店の閉店セールで、このLOWAの値札には定価の半額くらいの数字が書いてあった。
 すでに写真右上の goro のスイス革軽登山靴を使っていたので、軽登山靴の使い分けにためらいがあった。
 そのころ会の藪山リーダーをしていたA先輩が履いておられたのが、ピカピカに磨き上げたこのLOWAだった。
 どのピークに立っても、見える範囲の山座同定が即座にできたA先輩の、山に対する信条が手入れの行き届いた登山用品に表れていた。そんな姿に靴だけでも真似ようと大いに迷った末に、割安感も動機となって購入したのだった。
 
 
 お花見山行は、スイス革の軽登山靴でいったが、案の定「大げさだな」の一言があった。
 剥離に気づかずLOWAでゆき、山の中でビブラムが剥がれてもそれはそれでお花見の座興になったかもしれない。
 
 
 

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2018年4月29日 (日)

スチール製 スキーストック

 古いスチール製のストック。
 
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左:スチール製  良質な革を使い手間を惜しまぬ造り 1960年代後期
右:SWIX 社のカーボンファイバー製 裏革でシャフトに接着 1990年代?
 
Sswix_sandvik
 
 


 40数年前のこと、穴熊の尻皮を買いに行った隣町の運動具屋さんの片隅で、埃をかぶっていた作りの良い皮グリップを見つけ、取り出すと籐製のリングが付いていた。
 よくもまあこんな東京郊外の運動具屋さんにスウェーデン製の渋い品物が置いてある、と親父さんの審美眼に敬意を表して購入したのである。
 この町の名を冠した山岳会は、路地裏のこの店から用品を購入していた。
 
 SANDVIKEN SEEFAB PICK (注:17ページのPDF表示は10秒くらいかかります)とラベルに書いてあり、わざわざデュアルテーパーと謳っていることから、鋼製パイプを中央から両端へ向かって細くするのは技術的に難しい作りだと考える。
 
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Photo
 
   消えてしまったが、丸いラベルには長さ139㎝と印刷してあった
 
 
 皮革グリップの滑り止め加工、籐と皮のリング、鋼製のパイプという組み合わせは、合竹製から軽金属製に移行する端境期の貴重な製品と推測できる。
 
 
 
 
 SANDVIKENはスウェーデンの鉱工業の町の名で、そこに SEEFAB 社があるようだが、今でも存続しているのか、どこかの会社の傘下に入ったかはわからない。
 
 
 
 
 

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2018年4月14日 (土)

ピッケルの アルペン差し

 もう使わないから、と85歳の先輩がピッケルをくれた。
 CHARLET-MOSER G、メタルシャフト60センチだ。
 この長さが「アルペン差し」できる限界かもしれない。
 
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 「アルペン差し」とは、ピッケルをザックと背中の間に差し込む携行方法で、ザックを下ろさずにピッケルを取り出せる反面、うっかりかがんだりするとピッケルが抜け落ちることもある。
 
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   参考:『山と渓谷』表紙  ピッケルはシャルレだね L=75㎝?
 
 1970年頃、先輩達に倣って背中にすとんとKADOTA」を差したとき、横にいたA先輩が「アルペン差しだね」と声をかけたので、初めてこの方法に呼称があることを知った。
 ただ、A先輩以外にこの呼称を使う先輩方(日本山岳会にも所属はいなかったので、某公営放送局に勤めていた彼のおつな造語と思っていた。
 
 
 あれから数十年。
 先日、調べ物をしていたらこんな記事を見つけた。
 
 『山と渓谷』1973年12月号の「Q&A ピッケルとアイゼン」の項に、星川和男氏(東京・四谷にあった登山用具店「チョゴリザ」の主人)がピッケルの携行方法を「アルペン差し」と図入りで説明していた。
 
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    『山と渓谷』(1973年12月号)下段中央に「アルペン差し」とある
 従って、この言葉はA先輩の造語ではなく、すでに1970年代初めには他の山岳会でも使われていたのだ。
 また、tabilogue2さんが書いているように、その土地特有の呼び名もある。
 
 
 むかし、刀は武士の魂といった。
 今でも、刀を扱う場合に刀礼は欠かせない。
 ピッケルは、刀と同じように鋼を鍛造して作ることから岳人の魂といわれた。
 
「アルペン差し」と命名した人は、侍の「二本差し」をふまえたうえで、洒落たのではないかと思う。
 
 
 

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2018年3月26日 (月)

スウェーデン鋼の 包丁とスキーストック SEEFAB PICK

 トマトの皮が切れなくなったので研いでほしい、と包丁を渡された。
これまで何度も研いできた包丁だ。
 
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 今回、何気なく銘柄を読むと、
 
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 包丁の製作者銘(会社名)の下に、 SWEDEN SANDVIK の刻印を見つけた。
 SANDVIK 社の鋼材を、日本のメーカーが包丁に仕立てたということなのだ。
  
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 以前 SAAB WAY Vol.20 ( SAAB OWNER'S CLUB OF JAPAN の会報)に書いたスキーストックと同じSANDVIK の文字を見て、国産品とばかり思い込んでいた包丁から新たな発見があった。先入観で物事を見ないようにということか。
 
 
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       スキーストックの ラベル文字上段から
        SANDVIKEN  / SEEFAB PICK  /  DUALTAPER   /  made in Sweden
 
 
 スキーストックは、SANDVIKEN にある SEEFAB 社製。
 
 包丁とスキーストックの意外な関連、これも SAAB という車に乗っているからこそ繋がったモノだ。
 
 
 
 
 ミネルヴァ書房から 『包丁』(信田圭造) がでている。
 
 

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2018年3月 4日 (日)

2018 ヒストリックカー仙台の 案内が届いた

 2018 Historic & Classic Car Meeting in SENDAI の案内状が届いた。
 昨年名簿から削除をお願いしたのだが、事務局変更の折復活してしまったかもしれない。
 
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 このイベントに初めて参加したのは、2010年と記憶している。
 
 金曜日の夜東京を出発するときは雪の予報ではあったが、東北道を北上するにしたがって予報は現実となり、白河サービスエリアへ到着するとその先は通行止めとなった。
 
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     あづまみちのく 白河の関
 
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     友よ 夜明けは近い
 
 
 通行止めが解除されたのは、あくる日の陽が高く昇ってからのことだった。
 
 法定速度上限で休みなく走ったが、会場の勾当台には役員の方数名を残し、参加車両は今宵の宿秋保温泉へ出発した後だった。
 
 秋保温泉での懇親会は、仙台某所の杉林に人知れず苔むす我が家累代の墓地を知る人や、仙台藩士の末裔氏、登山を趣味とする同好の士らあやしくおもしろき人多かりけりだった。
 
 翌2011年のイベントも楽しみにしていたが、そのひと月前になる3月11日未曾有の東日本大震災が発生したことは記憶に鮮明である。
 
 
 この SAAB 99 は、2年前に手元を離れた。
 
 
 
 

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2018年2月21日 (水)

2月22日 猫の日

 2月22日は、猫の日と tabi-logue2さんのブログで知った。
 
 我が家には、御年21歳のキジトラ君がいる。
 いや、キジトラ爺かな。
 
 獣医から聞いたところによると、ギネスブックに載っている長寿猫は25歳くらいらしい。
 
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      かんじーざいぼーさーぎょうじんはんニャー
 
 22年前の梅雨の肌寒い日、子供が三毛猫を拾ってきた。尻尾の先がやけに細かったので動物病院で診てもらうと、棒で打たれたようで組織が死んでいるという診断だった。そのため切除してボブテイルになった。
 
 その三毛猫はその年の秋、3匹の子を産んだ。
 その一匹が、このキジトラ爺だ。
 
 先日、爺が顔を振った瞬間に硬いものが飛んできた。拾い上げると、猿の腰掛のように歯石がついた歯だった。
 この数カ月よだれが多く、食事のあと何か口の中に残っているしぐさをしていた原因がこれだった。
 
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 また食欲が戻った。
 よだれも出なくなった。
 ただし、肝機能が低下しているとのことで、現状維持のため週一回の治療を続けることになった。
 
 
 

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2018年2月10日 (土)

ジルブレッタ125Aの 調整

 今シーズンは雪山へ入れそうなので、一昨年新調したままだったジルブレッタ125A と登山靴の嵌合をあらためて確認した。
 
 その結果、前金から出ている針金の末端が3ミリほどビブラム底面に当たっていたので削り取り、靴を踏み入れるときの引っ掛かりを無くした。
 雪の中で、もたもた操作するようでは体が冷え切ってしまう。
 
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 次に、針金登山靴のコバに充分かかるように曲げた。
 曲げ作業は、和竿を調整するような道具を作れなかったので、 SAAB 99 のミッション・ドレンプラグ専用工具を使った。
 
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 針金はバネ鋼のように硬く、材質の粘りが分からない。
 折れてしまっては取り返しがつかないので、この程度にとどめた。
 
 調整前に比べて、コバにかかっている部分が多少増えたので歩行中に外れることはない・・・ハズだが。
 あとはできるだけ外れないように、セーフティを最強にしておく。
 
 
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 ドイツ山岳兵用に開発されたジルブレッタについて、40年ほど前の教科書『実践 現代山スキー』(佐伯邦夫 東京新聞出版局)は、多くのページを割いている。
 
 
 
 

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2018年2月 1日 (木)

シュイナードの ウエストバック

 シュイナード イクイップメントの ウエストバックです。
 
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 インパクトのある色使いです。女性向けでしょうか。
 林家ペーパー子プロデュースの品ではありません。念のため。
 
 
 ワイン色と違って、なかなか手を出せる色ではありませんが、激安価格とシュイナードのタグ(ひょっとして初期のブラックダイアモンド?)に魅かれて購入したモノです。
 
 自然界では大変目立つ色だし、三種の神器と行動食もたっぷり入るので山スキーでは重宝しました。
 
 久しぶりに取り出したら、隠しポケットに湯殿山のお守りが残っていました。
 
 
 
  ※シュイナードのカメラストラップ
 

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2018年1月13日 (土)

マタギの 書籍

2018.1.20 02版 加筆
 マタギの本。
 
 2014年7月の「クラシックカー青森 Hero達のツーリング」で訪れた暗門の滝入口にあたる白神山地ビジターセンター。
 その売店の本棚にあった『白神学 第3巻』の表紙から、辻まことの文章を思い出した。 
 
 表紙の人物は、当時40歳代の目屋マタギ最後のシカリといわれる鈴木忠勝氏(1907~1990)。
 昭和27年8月に、民俗調査団が砂子瀬の山中で偶然出会った時の写真で、蓑を着てコダシを背負い、足元はわらじで山道を飛ぶように走り去ったという。
 
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       『マタギ』(戸川幸夫 クロスロード )
       『白神山地マタギ伝 鈴木忠勝の生涯』(根深誠 七つ森書館 )
       『白神学 第3巻』(山下祐介編 財団法人 ブナの里白神公社)
      錆びた両刃の刃物
 
 その文章というのは、辻まことが「谷間で失った肖像」に描いたドジョウ獲りの話だ。
 
 ---(略)(びっしょり濡れたズボンの腰にアミを巻き、ドジョウがびっしりと入った一抱えもある大きな籠を持った)年令はおよそ40歳前後の、しかし精悍な表情を持った男が小駅から乗った。(中略)私にはこのドジョウ獲りの男の生活のどこかに共感を持つこころもちがあった。(中略)その孤独で正直な渡世に生きる人の単純真摯な心を、失った宝を見るようにおもうのだった。
 農薬がドジョウを消さなかったように、今日の文明がまだ、人間の素朴なくらし方を完全に支配したわけではないことに、そういったくらし方を守っている人間が生きていることに、私は何か一つの証を感じ、その姿に祝福をおくりたかった。それは決して弱い素朴な野生の魂ではない。文明に作られた偶像を信じない、鍛えた無神論者の抵抗のような野生だ。私にはそういう人間が亡びないことを心のどこかで期待している気持ちがあった。-----     『画文集 山の声』(東京新聞)収録
 
 
 辻まことが電車でドジョウ獲りと乗り合わせたのは、多摩や相模の丘陵へブルドーザが入り丘を削り谷を埋め始めた、昭和30年代から40年代の初めころではなかったかと思う。
 その後、十数年の間にドジョウ獲りが生活していたであろう私鉄沿線は、クヌギやナラの雑木林に代わって高層住宅群や分譲住宅が建ち、谷戸の田畑は道路となり、曲がりくねった小川はコンクリートの護岸で囲われ真っすぐな川になった。
 
 精悍なドジョウ獲りも、急速な環境の変化に抗しがたく山を売り田を手放し「谷間で失った肖像」に辻まことが挿入した話のKのような暮らし向きに、変わってしまったと思う。
 
 
 
 
  ※参考資料:アニメーション映画『平成狸合戦ぽんぽこ』(スタジオジブリ制作)
 
 
 

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2018年1月 1日 (月)

SAAB 9-3と 南天

 平成戊戌 
 
 新春を寿ぎ
 SAAB 9-3 、南天。
 
 
Saab93





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2017年12月14日 (木)

マタギの被り物 笠?

2017.12.18 02 加筆

 矢口高雄の『マタギ』がヤマケイ文庫として復刻された。
 本日、書店に寄ったら、書架に『マタギ』重版のフリップがついていた。重版出来。慶賀。

  近頃のヤマケイ文庫は、名著復刻に力を入れている様子。

 

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 この漫画で知ったのか記憶ははっきりしないが、菅笠や編み笠とは違う茣蓙を三角にしたような笠があることを知って興味を持った。

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 いつだったか檜原湖のあたりで、土地の人がかぶっていたザルのような形の笠も初めて見た形だった。

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 数年後、飯豊連峰縦走の帰路、2時間もあった乗継時間にぶらぶらした米沢の町で偶然そのザルのような笠を見つけた。
 
その時すでに素材の藁は灰色がかって、在庫期間が長かったことが想像できた。

 

 笠を手にして混雑した急行列車に乗り込むと、座っていた老人から珍しいものを持っているねと声をかけられた。

 昔かぶっていたと言い、台座の取り付け方、善い行いをしたときに胡桃の殻を結ぶことなど話してくれた。

 心残りは、山形か秋田の訛りがあって聞き取れなかった事柄のほうが多かったことと、老人のお国を聞き漏らしたことだった。  

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 その後、機会あるごとに米沢を訪れて、老婆が店番をしていた小野屋商店を探したが見つからなかった。

  米沢の駅前で山仕事の道具を扱っていた店は、昭和とともに消えていったのかもしれない。

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2017年12月 1日 (金)

SAAB の 作業用手袋 『僕のみつけたもの』

 主に SAAB 99 の作業用に、20年ほど使ってきた手袋の指先に穴が開いた。
 
 
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    しまっておいた本棚の中でも革は時を刻んで退色した
 
 この手袋は、五木寛之『僕のみつけたもの』(集英社 1988 )というエッセイ集で紹介されたモノによく似たデザインだったので、氏を真似て2双買っておいた。
 
 
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 文中の品はドイツ製だが、こちらはタグもなければメーカーにたどり着く糸口もない。しかし、使ってみた品質はピカ一だ。
 
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 それにしても酷似した布地の模様と革の当て方、手袋の質感や使い心地も五木氏の表現しているとおりなので、ひょっとして同じメーカーだろうか。
 
 
 さて、 SAAB n 9-3 一台体制になった今では新しい手袋が活躍する場面はいたって狭く、ボンネットを開けたところで手が入らない、下へもぐろうとしても車体が低くて体が入らない。 
 せいぜい夏冬タイヤの交換くらいだ。
 
 
 
※『僕のみつけたもの』は、 SAAB ファンなら読んでおきたい一冊。文庫版もある。
 SAAB について「スウェーデンの宝石箱」「なぜか大人のSAAB」の二編が収めてある。
 このエッセイが雑誌『LEE』に掲載された1984~1988年は、 SAAB C900 の人気が高まったころである。
 
 
 

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2017年11月20日 (月)

スウェーデンカラーの スコップ?シャベル?

2017.11.21 02 加筆
 
 砕石を買いに行った隣町の外構工事部材の店に、このスコップが底の浅い段ボール箱に10本くらい入っていた。
 色が青と黄色だったから本能的に目にとまったのだ。
 
 205円という値段を見て古い在庫かと思ったが、バーコードが付いているのでそれほど昔の商品ではなさそうだ。
 
 家で使っているのは先端が錆びてなくなった黄色だから、迷わず青色を手に取った。
 
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 ヘビーデューティーな総金属なので、手にズシリと信頼感が伝わってくる。
 
 こういう店は量販店やホームセンターとは違った銘柄の、良い品物が適正な価格で置いてあって、棚を眺めるだけで楽しい。
 そして、古い在庫の思わぬ掘り出し物を見つけることがある。実際、探していた真鍮製南京錠が格安で手に入った。
 
 この店の従業員氏曰く。雨水桝の砕石を買いに来る客は相当なこだわり者だと思ったら、案の定イギリス、スウェーデンの各 SAAB クラブのステッカーを貼ったマニアックな車に乗っているではないか、とのことから SAAB の話題が広がった。
 
 
 余談だが、この店には『陸王』(「こはぜ屋」のシューズ名ではありませんぞ )の750cc エンジンが置いてある。
 
 
 
 TBS テレビ で毎週日曜日よる9時から放映している池井戸潤原作のドラマ『陸王』をご覧になると分かります。
 あるいは、原作『陸王』(集英社)を読んでも分かります。
 ネット検索なら、ドラマもオートバイもすぐ分かります。
 
 
 
 

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2017年11月10日 (金)

サーブと ボルボの 切手

 SAAB と VOLVO どちらが好き?
 
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 切手の図案は同時代の両社を代表する車で「 SAAB92 1950 」  「 VOLVO PV831 1950 」 と欄外に書いてある。
 
 身贔屓だが、やはり SAAB 92 のほうが軽快で速そうだ。
 

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2017年10月20日 (金)

辻まことの リトグラフ

2017.11.21 03版 加筆

 
 先日、突然額が落ちてきた。
 
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 辻まことの「雪渓」という題名のリトグラフだ。
 額を吊っている木綿紐が、数十年の歳月に負けて切れたためと分かった。
 
 ”辻まこと”の名は、山好きな人で知らない人は少ないと思う。
 彼が亡くなった年か、翌年だったか失念したが、新宿ステーションビルの山下書店で作品の即売会があった。
 20点前後あった原画にはそれなりの価格が付けられていたので、なかでも一番安いこのリトグラフを求めた。
 
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 その後、辻まことに関する書籍を購入したり、回顧展も見に行ったりしたが、このリトグラフにはお目にかかっていない。
 
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 即売会で一番欲しかったバスの車内を描いたスクラッチ画も、個人蔵となっているのだろうかいまだに目にしない。
 
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 また、『辻まこと全画集』も求めてみたが「雪渓」は載っていなかった。となると、真贋が気になってきた。
 私の見立ては、版は間違いないとして詳細は省くが自摺りと署名には疑問符がつく。
 果たして鑑定やいかに・・・。
 
 
 昔、先輩と雨飾山荘へ泊った時、玄関内の売店まわりを整理している様子で、外に埃だらけの古めかしい陳列ケースが放置してあって、その中のガラス棚の上に、反り返った一枚の絵があった。
 それは、A4の縦半分くらいの紙に、夜空の下に灯りのともった山小屋を描いた水彩画で、「石の湯ロッジ」の絵に似た構図と色、筆のタッチから辻まことの作品のように見えた。
 翌朝も、従業員へ「欲しい」とひと言い出す機会のないまま山荘を後にした。
 雨飾への登りは、値打ちも興味も持たれずガラスケースに置き去りになった、一枚の絵を救い出せなかった不甲斐なさ、後悔という心の荷で足が重かった。
 
 あの絵は陳列ケースと共に捨て去られたのだろうか。
 
 
 
当ブログを訪れた方から、掲題の「雪渓」は 1969年12月創文社刊『山のABC第3巻』60部限定特装版の巻頭に貼付のモノと題名、署名も同じと、教えていただきました。
 当方所有の『山のABC』は並版ですから、残念ですがついていません。
 いずれ特装版を見る機会があったら、確認したいと思います。
 貴重な情報ありがとうございました。
 
 

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2017年10月 3日 (火)

スウェーデンカラーの シャープペンシル

 青と黄色のプレスマンを見かけたので買ってしまった。
 
 
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   替え芯:初期は「速記用鉛芯12本」 後に「ロング芯10本」と変化
 
 
 プレスマンの命名は、速記に使うため折れにくい 0.9ミリ芯を採用した、とプラチナの広告文に書いてあったように記憶している。
 軸の色は発売当初から 黒だったが、近頃は色のバリエーションが増えて他に白、赤、緑もあり、そしてロゴも少し変わったしクリップもついた。
 
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 ”プラチナ”に、”ぺんてる”のクリップ。
 初期にはついていなかったのか、失くしたので”ぺんてる”をつけたのか記憶は・・・。
 
 行動中の登山記録は、会社の手帳に手帳付属の操出式シャープペンシルで書いていたが、長さが10センチくらいしかなく短くて落としやすかった。
 その後、やや縦長のスタイリッシュなスケジュール帳にモデルチェンジしたのを機に、筆記具もプレスマンに替えたのだ。そして、脱落防止に”ぺんてる”のクリップをつけたというわけだ。
 
 友人は、落とした時のリスクを考えると鉛筆が一番だ、とちびた鉛筆党を貫いている。
 
 
 
 
 

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2017年9月21日 (木)

1年後の SAAB 99

2017.10.01 02 加筆

 
 先日(9月17日-18日)、第21回目の SAABDAY が開催された。
 台風18号の上陸と重なり、Vintage SAAB は Early 99 1台のみと寂しかった。
 それだけに、この個体の状態の良さが証明された。
 
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 この Early 99 は、いわゆる断捨離として昨年8月に中部地区の仲間へ譲ったので、1年ぶりの再会だ。
 
Ssaab
Ssaab2
 その間に、シートを張替え、ボディも再塗装して見違えるようになり、大切に扱われていることが分ったので、送り出した当方もうれしい限りである。
 
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 消耗部品は20年分くらいと、今では入手困難なバンパー、グリル、ライト、ミラーなどなどのN.O.S.品多数を載せていったので、これからも軽快な排気音が期待できる。
 
 
 
 

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2017年9月18日 (月)

ガラス窓の 接着剤

 10年くらい前のこと、突然ジャロジー窓の一本のガラスが割れてしまった。
 
 修復は、瞬間接着剤やエポキシ系接着剤などいろいろ試したが、厚さ6mm幅130mm、長さ500mmほどの金網入りの接合はうまくいかなかった。
 ガラスの破断面が平滑なことも、接着条件を悪くしていたと思う。
 
 先日、UVライトを当てて硬化する「ボンディック」という接着剤を知った。
 
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 割れたガラスを机に平らに置き、黒い軸の方から接着液を接着面へ流し込む。
 オレンジ側のUVライトを4秒間。心配なので10秒くらい照射して接着液を硬化させる。
 すると、あれほど苦労していたガラスの接着が易々とできてしまった。
 
 接着後の強度がどれほどかわからないが、ジャロジー窓は毎日紫外線に当たるので日々強くなるはずだ。
 
 
 
 
 

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2017年9月 3日 (日)

キリンの 缶コーヒー 「FIRE (ファイアー)」

 昨年10月に缶コーヒーが甘すぎると嘆いたが、今度のキリンアイスコーヒーは合格圏だ。
 
 その日の体調にも左右されるが、という条件付き。
 
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2017年8月19日 (土)

吉田博の 生誕140年展

2017.10.01 02 加筆

 
 吉田博展が損保ジャパン日本興亜美術館(東京・新宿)で、 8月27日(日)まで開かれている。
 
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       「生誕140年 吉田博展」図録 、 ポスター
 
 
 
 山登りを始めて数年たった1976年、銀座6丁目のリッカー美術館で「生誕百年記念 吉田博版画展」があった。
 山登りそのものが大変だった大正時代に、山中に何泊もして写生する気力に圧倒され、岩小屋での様子や幕営風景を描いた視点に新鮮さを感じた。
 
 なかでも「中房川奔流」「渓流」の水の表現に感動して、悪天候で転進した朝日連峰の中で似たような渓相の流れに出会い、スケッチブックに収めたことがあった。
 
 
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       上 : 「生誕百年記念 吉田博版画展」図録 1976年9月
 
 
 
 イヴォン・シュイナードがベンチュラにパタゴニアの店注)を開いて20年を記念してなのか、1991年版カタログの表紙には吉田博の「エル キャピタン」を採用した。
 節目の年に、写真ではなくヨセミテの版画で歴史的出発点を暗示したパタゴニア社のセンスに感心した。
 
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   左 : 今回の図録   右 : patagonia 1991 のカタログ
 
  図は「エル キャピタン」大正14年
  アメリカ・ヨセミテ渓谷にある花崗岩の一枚岩の名 高さ約 2800 ft
  高度感と傾斜が分かるこの構図を選んだ山を知る吉田博 
  左下のセコイアの木から直上するのが、1970年初登攀「曙光の壁」ルート 
 
 
 このカタログは原画の7割位の大きさがあり、再生紙の質感とも相まっていい雰囲気を出している。
 
 
 40年の間に、リッカー美術館は銀座から姿を消した。
 今年に入って、ソニービルの取り壊しが始まった。
 
 
 
   (注) 1971年に、前身の シュイナード イクイップメント社が
      開いた直営店。
 
 
 
    2017.9.27-28 エルキャピタンで大規模な崩落があった。
 
 
 

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2017年8月15日 (火)

ロンジンの 腕時計

 この時計は、商業ビル1階の小さな時計屋のショーケースに陳列してあった。
 一目見て、白い文字盤に長体のローマ数字、細い針、薄いケース、この簡素さがアイビースタイルに合っている、と思った。
 
 上の階にいつも立ち寄る本屋があったので、時々ショーケースを覗いた。そのたびに今日も売れていなかった、という不思議な安堵感が生まれてきた。
 始めて見た時から 2、3年たったころに悩ましい思いを解決した。1970年代なかばだったと記憶している。
 
 竹斑という上質なワニ革をベルトに使っていることや、ロンジンという会社について時計屋の親父さんから説明されたことを覚えている。
 傷んでしまったベルトは二度取り換えたが、尾錠はオリジナルを使っている。
 
S_2
            薄さ 6.3mm  引き算の美
 
 
 薄さを競っていたあの頃が機械式時計のピークで、やがて時代はクオーツ式になってロンジンの凋落も始まった。
 
 商業ビルも時計屋さんも、今はない。
 
 
 
 あるクラシックカーフェスティバルの会場で、その時計は〇〇かと聞かれて驚いた。生憎メーカーは違っていたが、歩いている人の腕時計を見極める趣味人がいたことがうれしかった。
 
 
 
 
 

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2017年8月 5日 (土)

ロンジンの 航空時計

2017.08.15 02 加筆

 

 1930年代ウイームスモデルの復刻版。
 
 復刻といっても文字盤のデザインを復刻したもので、自動巻きや日付機能は現代の使用状況に合わせたのだろう。
 
 この後に、リンドバークモデルも復刻発売になったと記憶している。
 ウイームスはリンドバークの航法の師匠にあたるらしい。
 
 
S_5
     後方 : ローマ数字も美しい機械式ロンジン  1970年頃製 
     手前 : 中三針の復刻版ウイームスモデル
 
 何年前だったか、ある雑誌に購買欲を刺激するように「復刻版・世界限定3000本」と書かれた広告が目に入った。
 アラビア数字と青焼きした針に塗られた蓄光塗料が、航空時計を意識させた。また、仰々しくないデザインと茄子色の針から精密さとレトロな味わいを感じて、3000人の一人になった。
 裏ブタには製造番号が No.3**/3000 と刻んである。
 
 この時計の針の色から、父親がプレス用精密金型を作っていた姿を思い出す。
 鋼材のブロックを油焼き入れすると、きれいな茄子色に変色する。それへハイトゲージを使ってケガキ線を入れる作業だ。
 グラインダーや金ノコであらまし切り取り、その後は玉の汗を流しながらひたすらヤスリをかけて、複雑な打ち抜きや曲げ、絞り加工の雄型・雌型を削り出してゆく。
 従って、私の中ではアナログ計器の針の色は、黒色より茄子色のほうを上位としている。  
 
 
 
 父親から昭和16年前後、当時では珍しい中三針の腕時計をしていたと聞いたことがあった。戦前の話だから、このウイームスモデルのような気がするがどうだろう。
 
 
 
 
 
 

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2017年7月23日 (日)

バナナの レッテル

 昭和的意匠のレッテル。
 
S_3
 
 近所にある数軒のスーパーやコンビニで銘柄や値段の違うバナナをいろいろ買うが、子供の頃に食べた歯ざわりと味に出会わない。
 
 
 〽 可愛魚雷と一緒に積んだ、青いバナナも黄色く熟れた 
 
熟成方法なのだろうか。
 
 
 

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2017年7月 9日 (日)

SAABの 映画『幸せなひとりぼっち』

 予約していた『幸せなひとりぼっち』 のDVD が届いた。
 

 SOCJの掲示板に上映情報があったので、この映画を劇場で見たクラブ員も多かったと思う。

 

S  

 

 ストーリーは、集合住宅に住む、妻に先立たれ、会社をリストラされたSAAB 9000CS に乗る一人暮らしの59歳が主人公の話。

 

 行政の介護福祉への怒りやご近所付き合いの大切さを一徹な老人の生き方を通して、滑稽さと感傷を織り交ぜて描いた作品だ。

 

 

 SAAB好きから観ると、 SAAB 92 に始まり主人公の人生の回想シーンに、 SAABのほぼすべての車種が登場するのでサーブエレジーといえる。 

 

 父親と同じ鉄道会社に勤める主人公であるが、SAAB の前身は鉄道会社なのでそのあたりもぬかりない設定だ。

 

  また、主人公のセリフに SAAB ファンは喝さいしたのではないだろうか。

 「サーブに勝る車は、永遠に表れない」

 「アウディに乗ってるやつに何ができる。ゼロが四つもある」

 「サーブなら信用できる」

 

 

 パンフレットのエッセイに、1970年代の学生たちの間にボルボ派、サーブ派があってボルボは公務員などの管理者階級、サーブは労働者階級とみなされていた、と当時のエピソードが書いてあった。

 これは若者たちの国産メーカーに対する言葉遊びで、私にも似たような経験があった。 

 

Ss

  

 私が乗っていた1971年モデルの SAAB 99 は、スウェーデン大使館員が1971年の赴任時に持ち込んだ新車なので、この大使館員はサーブ贔屓だったといえるし、違いの分かる男だった。

 

 

 

 

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2017年7月 4日 (火)

SAAB の 記事

 最近のSAAB社について「 SAAB その背景と実像を探る」と題する記事が、『航空情報』(せきれい社) 誌の 2016-12月号、2017-1月号、2月号に短期連載された。
 取り上げる時期を逃してしまったが、記しておこう。
 
 
  SAAB といっても、車ではなく防衛関連の本家の方である。
 
S1212_2
   左上 『 SCALE AVIATION 』(大日本絵画)Vol.86 SAAB 特集  
     手前 『航空情報』(せきれい社) 2016-12、2017-1、2017-2
 
 
S
 
 記事から、破綻したサーブオートモビルを買い取った新興メーカーへ 「 SAAB 」ブランドの使用許可を出さなかった理由を妄測した。
 
 
S_2
 
      SHAP 関数電卓 ピタゴラス   FAIRCHILD  TEL
 
 記事に出てくるフェアチャイルドとは名前つながりの参考品で、こちらは集積回路のメーカー。
 
 「 FAIRCHILD 」右の「 TEL 」は、東京エレクトロン社のロゴである。
 1980年に山の先輩からもらったモノで、「 TEL 」取材記念の品とのこと。
 四則計算・不良率計算がせいぜいの私には関数を扱う機会がなく、ポルシェで近所のスーパーへ一本の牛乳を買いに行くような使い方だったといえる。
 
 
 
 『航空情報』誌を古くからご存知の方は、出版社名が「せきれい社」となっていて驚かれたのではないだろうか。
 創刊した「酣燈社 (かんとうしゃ) 」は経営が行き詰まり、『航空情報』誌を2014年に「せきれい社」へ移管し雑誌は残せたが、2016年2月に「酣燈社」は倒産した。
 
 昨年11月の当ブログでも取り上げた「創文社」のように、出版不況の波に老舗は姿を隠した。
 
 小さな出版社と細く長く付き合っているが、そこもすでに徳俵に足がかかっている。
 このままデジタルに寄り切られるのか。生き残りの奇策はあるのか。
 
 
 
 

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2017年6月20日 (火)

雑誌『BE-PAL』の 付録

 6月10日発売の『BE-PAL』(2017年7月号)誌の付録を見て、ここまで来たかと驚いた。小ぶりとはいえ、創刊36周年記念の「ミニ・シェラカップ」だ。
 底部に BE-PAL 36th Anniversary とエンボスが刻まれて物欲をそそるし、シェラカップで料理を作る話題も多いので、売れるかもしれない。
 
 
 
S
      本家 SIERRA CLUB ® カップ、
                        キャンピングガス S-200 + 寒冷地用カートリッジ
 
 
 
 今や大人雑誌の付録は珍しくない。
 大人だって付録はうれしい。
 付録は悲しい。
 
 
 
 

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2017年6月 7日 (水)

登山地図の 紙質

 ほとんど出し入れしていない本棚に、白い粉状のモノが散らかっていた。
 
Sc
 
 隣の本をそっとどかすと、登山地図(『山と溪谷』の付録)が風化?して崩れ落ちたものだと分かった。
 花崗岩が、割れて砕けて真砂土(まさど)となるように。
 
S_2
     ユポ紙(王子油化)
 
 登山地図は強い風や、雨の中で広げたり畳んだり、ポケットの中で汗が染みたりもする。そのため、折り目部分から破れたり、印刷がすり消えたりする欠点があった。
 その欠点を解消するために登場したのが、ユポ紙の登山地図だ。
 
S1973
 
 昭文社は、1973年度版から登山地図にユポ紙を使い始めた。帯には「雨に強い、破れない未来の紙」と言葉が躍っている。
 
S1973_2
     ユポ紙(三菱油化)
 
 ところが、歳月を経てユポ紙はこのように劣化した。
 原因は不明だが1973年度版の他の山域の2冊には、このような印刷剥離や台紙の劣化は起きていない。
 
 
 手元にある登山地図の出版社と各年代の紙質を見ると、昭文社が日地出版より一足早くユポ紙を採用したことが分かった。
 
Sc
 
上段左から、 
 『登山・ハイキング④』紙製 1971年(日地出版)馬場渓二・横山厚夫
『4 登山・ハイキングシリーズ』紙製 1975年(日地出版)馬場渓二・横山厚夫
『エアリアマップ 20 』ユポ紙製 1973年(昭文社)山梨登高会 
『エアリアマップ 22 』ユポ紙製 1993年(昭文社)安富芳森
 
下段左から、
 『地球の風 』ニッチ オリジナル合成紙製 1997年(日地出版)馬場渓二
『登山・ハイキング 18 』ユポ紙製 2001年(ゼンリン)馬場渓二
『山と高原地図 27 』ユポ紙製 2004年(昭文社)安富芳森
 
 
 1973年版エアリアマップ「高尾山・陣馬高原」のユポ紙は崩解しつつあり、山梨登高会汗の記録は、風塵となって書架から消え去る日は近い。
 
 
 
 
※本日6月7日付け朝日新聞夕刊(4版)の一面に、「紙地図 苦戦」という記事があった。
 国土地理院発行の2.5万図、20万図などの紙地図販売数の減少で取次大手の業者が2月に倒産したこと。他方で「山と高原地図」(昭文社)の堅調な売り上げの理由。そして、紙地図の将来などについて書いてあった。
 
 
 
 

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2017年6月 1日 (木)

SAAB Automobile AB 幻の 70周年

 今年(2017年)は、 SAAB ファンにとって記念すべき年だ。
 
 
 SAAB が飛行機を作り始めて80年。
 
Sb17_2
     SAAB B17 :初めて設計・製作した全金属製爆撃機
 
 SAAB が自動車も作り始めて70年。
 メーカーは消滅したが、SAABファンは健在だ。
 
Sc_50
 
Ssaab_2
     SAAB 本社工場の入館証(右)と、フェスティバル入場証
 
 そして、SAAB OWNER'S CLUB OF JAPAN (SOCJ) 発足35年という節目の年でもある。
 
Sc2socj_2
                SOCJ発足時のステッカー
 
 9月17日、18日には SOCJ 主催の  21th SAABDAY が、長野県安曇野市で開かれる。
 SAAB を磨いておこう。
 
 
 

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2017年5月25日 (木)

将棋盤上の 対峙

2017.06.26 02 藤井四段 29連勝 新記録達成
 
 中学生棋士の藤井聡太四段19連勝。 2017.5.25 現在 
 本日の竜王戦予選6組で、若手トップの近藤誠也五段(20)に勝ち、史上最年少で本戦へ進んだ。
 逸材と言われている近藤五段。勝敗は時の運。
 
 
 将棋盤を塗りなおした。
 
 
S_4
       複雑な彫りの脚は、ニスはがしに時間がかかる
 
 写真を見ておやっ、と思ったら将棋通。
 
 そう、碁盤を削り直したので、周囲の余白は正しい将棋盤よりいくぶん広い。
 まわり将棋には向いていると思う。
 
 
 ふた昔ほど前に、勤務先の囲碁部がこれを処分するというので、”もったいない”のでもらった。
 将棋用に作り直して全体に透明ニスをスプレーしたが、テカテカ安っぽい出来上がりにガッカリしていた。
 
 一昨年、蜜蝋を手に入れたので、周囲のニスを落として摺り込むと良い雰囲気になった。ただ、盤面は少し強度を出したいので宿題にした。
 
 
 そして、近頃の若き棋士の活躍だ。
 
 宿題の解決にヤモリのミイラに塗布したあの「バーニッシュ」を使ってみようと思い立ち、盤面のニスを数日がかりで削り落とした。そして、目地も彫りなおした。
「マット」質なので安っぽいテカリもなく、ようやく狙い通りの素材感に仕上がり百年以上の木魂にこたえることができた。
 
 
【残心】むかし、ハガキに一手ずつ書いてやり取りする雅な将棋遊びに誘われた。
 
 
 
 

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2017年5月10日 (水)

SAAB 9-3の バッテリー

2017.05.24 02 加筆

 
 SAAB 9-3 がようやく帰ってきた。
 蓄電池にトラブルが出来して、ディーラーから戻ってくるまで7カ月かかった。
 
 その間、代車としてMB Bクラスを使ったが、SAAB 9-3 のトランクルームの広さには及ぶべくも無く、当方の荷役には不向きであった。
 
S
 
 写真の水滴のように見えるのは、噴出した電解液である。一部は蓄電池収納函の排熱口からエンジンルームへ飛散した。
 車検整備の時にディーラーが勧めた純正新品である。
 
 車検から4日目の初走行は、20th SAABDAYへ参加するため長野県安曇野市を往復した。
 その翌週、この日は久しぶりに晴れたので、洗車ついでにたまたまボンネットを開けたところこのような哀れな状態を現認することになった。
 9-3 のボンネットを開くのは年に数回だから、年寄りがよく言う「虫が知らせた」のだろう。
 
 翌日ディーラーが引き取っていったが、スウェーデンから部品が届くのに4-5カ月かかったのだろうか? 車が戻ってきたのは大型連休の初日だった。
 
S_2
     カバーで覆われるが、センスの良い書体で願いたい
 
 
 さて、バッテリケーブルの交換が残っているというが、部品が揃うのはいつになることやら。
 
 
 
 
 

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2017年5月 2日 (火)

匙を 製作

2017.05.05 02 加筆

 
 山で使う匙を作った。
 
 趣味の世界で使う武器であるから、自分の口に合う形状と柄の長さと細さと曲線にこだわった。
 
S_2   黒い塗り匙は韓国のもの
 
 
 市販品を探してみるとレンゲのような皿部?の鈍くさい形が多く、大きさ、柄の太さや素材に納得できる品物は見つからなかった。そこで、むかし雲水体験をしたときに使った応量器の匙を理想形として思い出しながら製作した。
 
 素材はケヤキなのでふき漆をしたいところだが、取りあえず防汚・防水のためクルミの油を摺り込んだ。
 
 当面、日常での運用試験を行い、必要に応じて実戦配備することになる。
 
 
  ※箸や匙を武器と呼ぶわけを、先輩に尋ねたことはない。
  この平和な武器は、同行者からおかずを勧められた時に使用する。
   単独の場合はこのように、箸も匙も使わない食事ですましている。
 
 
 
 

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2017年4月18日 (火)

TEMPOの 温度計

 気温と雪温を測定する温度計で、金属ケースにねじ込んで携帯する。
 一目盛り1℃で、-40℃から+50℃までガラス管に刻んである。
 良質な日本製。
 
 
S_2
      ガラス管の裏側に”TEMPO”とメーカー名が彫ってある
 
 
 これからの時季は天気が安定し、日も長いし連休もあって、春の雪山を愉しむ好シーズンになる。
 ただし、気温も上がるので底雪崩も起きる。
 
 
 
 

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2017年4月 2日 (日)

雪山の空

 雪の山を歩いていて心躍る場面はいくつかある。
 こういう景色もその一つ。
 もう少しで稜線だ。
 
Sc
 
 カラマツの林は落葉の秋や芽吹きの春もよいけれど、亭々とした冬の姿も捨てがたい。
 
 
S_3
 
 頂を目指すことなく、雪を踏んで一人カラマツの林を彷徨い遠くの雪稜を眺めることも、雪山歩きの楽しみである。
 
 
 先日(3月27日)、那須茶臼岳で雪山を愉しむための訓練中に、雪崩によって高校生たち8名は無念にも命を落としてしまった。
 春山講習会に参加していた生徒さんたちは自然の怖さを体験をしたわけですから、山登りをやめることなく一層雪山を研究して、後輩たちに体験と技術をつなげてほしいと思います。
 それは、山が好きだった8名の願いでもありましょう。
 残念です。
 
 
 

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2017年3月17日 (金)

山で拾ったモノ  「天狗のつぶて」

2017.03.18 02 加筆修正
 
 「天狗のつぶて」 という言葉がある。
 
 言葉のニュアンスから、当たっても「いてっ」という程度のスピードのない小さな物を想像するが、どうだろう。
 
 昔、丹沢の〇沢で滝の順番待ちをしていた時、顔の脇 2、3センチのところをビユッと小さな物体が空気を切り裂き飛び去って行った。
 その時よじ登っている先行の連中からは「ラァッ!」の声が発せられなかったから、もっと上のほうから飛んできたのかもしれない。
 これなどは、微笑ましい「天狗のつぶて」どころか、当たれば大けがにつながるモノだ。
 
 
 さて、あぶくまに平穏な空があったころの話。
 汚れて小さくなった雪が一つ残っていた林を抜けると、尾根まで山仕事のか細い踏み跡があった。
 阿武隈山地の山並みを眺めながらしばらく登ったところで、ポーンと頭に何かが当たった。
 見回すと二三歩先の土の上にキノコが一つころがっていた。たった今、枯れ木から落ちてきた様子に見える土汚れのない小さな猿の腰掛けだ。
 
S
      枝の二股の近くで成長した猿の腰掛
 
S_2
 
 
 高い木もなく、自分のほかは誰もいないこの場所で、風もないのにどこから飛んできたのか不思議に思った。
 さては、失意の一人旅を気遣った天狗の乙な贈り物だったのか。
 
 春彼岸。青空には白い雲が五つ六つ。
 こういう場面で必ず思い出す詩がある。
 
 
   おうい雲よ
   ゆうゆうと
   馬鹿にのんきそうじゃないか
   どこまでゆくんだ
   ずっと 磐城平の方までゆくんか
 
         『雲』 山村暮鳥
 
 
 

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2017年3月 5日 (日)

SAAB 99 の 切手

2017.03.15 02 加筆
 
 SAAB 99 の 台紙付き切手です。
 
 SAAB 99 を入手して間もないころ、外国のオークションサイトでこの切手を見つけ SOCJ の友人に頼んで落札しました。
 当時はよく出ていましたが、最近は見なくなりました。
 
 古い車のオーナーになると、そのメーカーの歴史や、カタログ、グッズ等に興味が湧いて、調べたり関連するモノを収集したくなる方は少なくないと思います。
 
S99_2
 
 
 さて、台紙に描かれた SAAB 99 は、 '72-'73 年の EMS ヨーロッパモデルでしょう。
 インパクトアブソーバのバンパー。ウインカーの形状と位置。通称サッカーボール形のホイール。グリル中央のモヤモヤっと描かれている SAAB ems らしきエンブレムなどからの推測です。
 
 しかしながら、ボディー色が  '72-'73 年のコッパーコーラルにはひいき目に見ても難しく、 '74 年から登場した同じメタリック塗装のシルバークリスタル(スターリングシルバー)ではないかと、となると ・・・・・ まあ絵ですからね。
 
 切手のほうは、グリル中央の枠取りが台紙のイラストに比べ横に広いのとヘッドレストの形から、間違いなく '74 年のモデルに見えます。
 
 こんな風に、あれこれ想像することも楽しい趣味の時間です。
 
 
 
 ほかに、 SAAB 96 のラリーシーンを描いた切手?封緘紙?も発行されたし、SAAB の飛行機切手も数点発売されました。
 
962c_4
                  Carlsson " On the roof " !
  "逆さま "になっている文字を見て、ひざを打つ人はSAABエンスーです
 
 
 次の機会には SAAB の飛行機切手を取り上げましょう。
 
 
 
 
 

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2017年2月27日 (月)

シュイナードの カメラストラップ

 2017.03.01 02 加筆

  先日「 シュイナード 」を tabi-logue2 さんのブログで読み、今日は『 日本カメラ 』(2017年3月号)に掲載の、登山用ロープで製作するカメラストラップの記事を目にしました。

 そこで、今回のお題は二つ合わせて「 シュイナードの カメラストラップ 」としました。

 

Sf   Nikon F , NIKKOR - H  Auto  f = 28mm  1:3.5 , Nikon HN - 2

 

 ニコンFを山で使っていたころですから、ずいぶん昔になります。

 ご案内のようにフイルム交換は裏蓋を開けなければなりません。従いまして、その都度皮ケースから取り外すことが面倒になって、カメラに直接ストラップを付けて持ち歩くようになりました。

 はじめのうちはニコン純正の皮ストラップを使っていましたが、山で使うため汗や擦れなどで簡単に切れないものを探してこの *スリングに行き着きました。

 両端の折り返し部分は皮革縫製用の糸で縫ったので、丈夫さは折り紙付きですが縫い目の乱調が気になりますね。

S_5

 まあ「シュイナード イクイップメント」のタグが付いているので、知る人はニヤリとしたのではないでしょうか。

 

*スリング : 名前がついていたと思いますが、忘れたので単にスリングとしました。登攀時に、たくさんのカラビナをこれに掛けて運ぶ環状の紐。                     (02) 本来の名称は「 ギアラック」 とtabi-logue2さんから教わりました。

 

 作って、使って2,3の改良点が見つかりましたし、当時よりいい素材が出ていますので製品化も難しくないと思います。

 

 

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2017年2月24日 (金)

雪山の 行動食

 雪山の昼時、若者たちがコンロを出して何やら作っておりますが、即席ラーメンではないことはアウトドア雑誌の記事を読んでいるとわかります。
 昼食(ちゅうじき)に何を食べるか、これも一つの山の楽しみですね。
 
 
 面倒くさがりの私の場合、昼飯=行動食は写真のモノを基本にしています。
 
S
 
 ヤマザキの薄皮シリーズは、お気に入りです。予定行動時間が5時間以上だと、シャリバテ予防にフジパンのネオレーズンバターロールを追加します。
 
 市田柿は甘さ、柔らかさ、硬さのバランスが絶妙で、冬山の定番です。
 前日にヘタと種を処理して袋も入れ替えておくと、山中でゴミが出ずリードタイムの短縮につながります。
 薄皮シリーズもプラスチックのトレーは抜いてゆきます。
 
 ザックにコンロかメタは収めておりますが、行動中は魔法瓶の湯でコーヒーや紅茶、緑茶を飲むくらいです。
 理由は、途中から吹雪かれたり雨になった時でも、魔法瓶に溶かしこんだスープを飲みながら、パンや干し柿をほおばって次のポイントへ急げるからです。
 まあパーティで行動する場合は自明の理ですね。
 
 若い人から見るとお笑いになるでしょうが、昔の苦い体験から羹に懲りてなますを吹いているハイカー老人のスタイルです。
 
 
 
 
 

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2017年2月20日 (月)

8本爪の アイゼン

 HOPE 印の鍛造アイゼンです。
 クランポンと書く人もいます。
 
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 暮れに亡くなった先輩の遺品として、奥様から渡された山道具の一つです。
 
 先輩は私と登るようになる少し前に山の会を辞めていましたが、同じ会社に勤めていたこともあって、先輩が結婚するまでの十余年間、二人あるいは三人で山へ行きました。
 また、暮れから正月休みが終わるまでの数日間は、良質な雪と眺めが魅力の〇〇小屋で過ごすのを習いにしていました。
 
 
 先日、そんな思い出深い山小屋の、その山の頂へアイゼンを持って行きました。
 
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   いくら亜麻仁油を塗っても、綿紐は凍って苦労します
 
 地球温暖化の影響でしょうか厳冬期だというのに雪が少なく、山頂のこの岩の温かさにも驚きました。午前中は日差しがあり気温も上がったので、周囲の山を眺めていたら1時間以上も長居していました。
 
 
Photo_2
 
 さあ、下山をせかせる雲が広がってきました。
 
 
 「いつかある日」の歌のように、ケルンにピッケルを立てるわけにはまいりませんので、遠くの山とアイゼンとを写真に収め奥様への雪山土産にしました。
 
 
 
 
 
 

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2017年2月14日 (火)

シュラフの 洗濯

 寝袋あるいはスリーピングバッグとも。

 雪の山へ登るようになって初めて購入した羽毛製品が、「天山(テンシャン)」というタグのシュラフだ。 「ドメゾン」などのヨーロッパブランドに対して、中国廣州製の「天山」は廉価なほうだったと記憶している。

 山へ持ち出さなくなって久しいが、このたび必要に迫られて物置から出してみると、頭のあたりは汚れでナイロンが固くなっていた。また、長年スタッフバッグに詰めたままだったせいか全体につぶれた感じになっていた。

 以前、羽毛服を洗ったところ、買った時以上に膨らんだので、シュラフもそうなることを期待した。

 結果は、フェザーが多いからなのか前回と洗剤が違うためなのか、期待した1.5倍にはならなかったが、それでも洗濯前より少し膨らんで汚れた部分は柔らかくなった。

S_3       おっ、スウェーデンカラー

 PCに向かって駄文を書いているこの場所は、もともと物入れ用の狭い空間だったが、本棚と机が入ったので電話線を引いて、そのまま使っている。従って、暖房はオイルヒーターのみで、しかも部屋の造りではないから温まらない。

 夜は、上下階の部屋でエアコンや電熱床暖房、オイルヒータなどを使っていて、家人が風呂上りにうっかりドライヤーなど使うとブレーカが落ち、ほかのPCもダウンするので毎回大ごとになってしまう。

 そんな家庭内電力事情があって、ここのオイルヒータは電源を封印した。そのためシュラフに腰まで入り、上には羽毛服を着て寒さをしのぐことになった。遊休資産の活用と省エネの為にもなる。

 「狭い部屋でも 黄金の御殿・・・」と強がりを歌いつつ。

 

 しかしながら、電気一系統の生活は危ういものがある。東日本大震災の時には石油ストーブの有用性を痛感したし、ガス暖房器具を捨てたことを後悔した。

 暖房は石油、ガスの他に、友人宅のように薪ストーブもあると心強い。

 

 

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2017年1月29日 (日)

S の刻印

 一本の魚印の刻印 「 S 」。
 
 手元にきた数年前の詳細は省くとして、SWEDEN の「 S 」 、 SAAB の「 S 」 なんとも偶然で運命的なものを感じました。
 
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      銅片へ打刻した “ S “
 
 
Ss_4
      魚の印
 
 刻印の側面に、トレードマークの魚が打ってあるので魚印と呼称しています。
 
 父親がスイス製魚印の組ヤスリは切れ味が落ちない、と言っていたことを思い出し調べてみました。すると、魚印をトレードマークにしている精密ヤスリメーカーが、世界に二社存在していることが分かりました。
 一社はスイスの Vallorbe 社、もう一社は広島ヤスリ製作所でした。ただし、刻印は両社のカタログには見当たらないので、廃版になったと思われます。
 
 父親の使っていた数十本の組ヤスリはすでに無く、スイス製のトレードマークは確認できずにいます。
 
 果たして、写真の刻印はどちらの会社のモノでしょうか。
 
 
 
 金属製品の打刻文字や、彫刻文字に魅力を感じていますが、現在はコストの関係で印刷に置き換わったものが多く残念です。
 古いカメラに愛着がわくのは、指先に伝わる軍艦部に刻まれた文字列の凹凸や、平板な印刷とは違った視覚的精密感も要因の一つと考えます。
 
 
 

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2017年1月15日 (日)

方位磁石 あるいは コンパス とも

 02 2017.02.01  加筆

 写真は、スウェーデンのシルバ社製 TYP 5 という コンパスで、針がヤジロベエのようにブルブル震える昔ながらのタイプです。アルミケースの形と刻まれた目盛りとが、古い無線機のチューニングダイヤルに似ていい感じです。

 たった一度、このコンパスの指示を疑ったことがあります。 天候急変で、〇〇本谷を詰める予定を変更して逃げた枝沢。身を没する笹薮の斜面を、足元の水の流れた痕跡を右へ、左へと追いかけて尾根へ出た地点でのこと。目指した下降すべき〇谷の源頭部の地形が違う。狭い。

 ガスにまかれた現在地を自分たちの”感”のほうを信じて地図上に印したが、木に登った友人の「見えたっ!」の言葉の一瞬、ガスの切れ目に特徴ある〇山が見えて、印した場所を修正できた。   シルバのコンパスが示した "N" は正しかったのです。

Sc                   SILVA TYP 5

 オリエンテーリングのパーマネントコースが高尾山に造られたときに買ったモノで、オリエンテーリング用地図を持って何度か歩いた記憶があります。

 オリエンテーリングはスウェーデンから始まったといわれていますから、このような形のコンパスが生まれたのでしょう。スウェーデンからというところに、興味が湧きます。

 SAABを所有する遥か昔に購入したスウェーデン製品です。

 

 次は、現在常用しているレンズ部分が大きいスント社のリキッドタイプ。特殊なオイルが封入してあり、針は滑らかに動いて磁北を指します。

 スウェーデン土産になる珍しくて手ごろな山用品を探して、ストックホルムのアウトドアショップやハンティング用品店を巡りましたが、日本で見かけるモノばかりでした。あきらめて買ったのがこれです。ご存知、フインランドのメーカーです。

S                          SUUNTO M-4

 スント社が洒落た高度計内蔵のデジタル腕時計を発売して以来、国内ではシルバ社よりも知名度が高くなった気がします。

 S_2                                SUUNTO M-4  ,  SILVA TYP 5 

 

 山歩きに「国土地理院発行の地形図」「方位磁石」は必携。ほかに「高度計」があると便利です、と言っていたのはずいぶん前の話です。

 最近では単体の高度計をほとんど目にしなくなり、代わってGPS機器がアウトドアショップのガラスケースに並ぶようになりました。 

 

 新しい年の初めに方位磁石の揺れ動く針を見ていると、来し方のその時々の分岐点での選択を思い起こします。

 

 

 

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2016年12月28日 (水)

二等辺三角形の 旗

 この旗は公用車のフロントバンパーにボルト止めした、コーナーポールに結んでありました。1960年代も終わる頃、廃車した時にもらいました。
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 最近は見かけなくなりましたが、当時は旗をつけている車をよく見かけました。なかでも、新聞社の車が社旗をなびかせて走っている記憶が鮮明です。
 
 
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 こういうペナントも流行りました。
近頃覗きませんが、山小屋や、土産物店ではまだ扱っているのでしょうか。
 
 
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 ストックに何やら引っかかっています。
 その先には、かつて某スキー協の薄緑色の三角旗がついていました。いうなれば周囲の房だけが残った、歴戦の連隊旗といったところでしょうか。
 
 人から見ると、汚らしいヒモがぶら下がっているとみるでしょうが、当人にとっては思い出を手繰り寄せる糸口です。
 
 
 
 
 

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2016年12月13日 (火)

SAAB と イノベータ

 SAAB と innovator どちらもスウェーデンの会社。
 
 SAAB 99 のリヤウインドウ越しに見える青いモノは、イノベータ社のフラッグクッションです。
 
 SAAB 900i を買った頃、前を走る SAAB 900 Turbo の後部にこのクッションが見え、ドンピシャな雰囲気に魅せられてそのまま家具屋へ走りました。
 
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 今や布地の色は退色し、青地とロゴの白抜きの境も怪しくなりましたが、 SAAB オーナーになって最初に買ったスウェーデン製小物です。
 
 
 現在、検索してもフラッグクッションは見つからないので、イノベータ社はインテリア部門から撤退したのかもしれません。
 
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 わが国の岩手県にはチャグチャグ馬コがあるように、スウェーデンにはダーラナ馬があって家畜として大切に扱われていたことが分かります。
 
 木地のダーラナ馬は、イノベータ社がインテリアを扱っていた当時のディスプレイ用です。
 
 
 
 
 

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2016年11月20日 (日)

SAABと リニアモーターカー

 下のポラロイド写真は、ふた昔ほど前のモノです。
 
 SAAB 900i 16op と並んでいるリニアモーターカーは、2003年に 581km/h の世界速度記録を出した公)鉄道総合技術研究所型の先頭車両 MLX01 。
 共に空力を追及した車両です。
 
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 19日(土)に、インスタントカメラ 「ライカ ゾフォート」が発売されました。
 
 ライカが参入したということは、富士フィルムの instax カメラが売れているということでしょうか。
 印画紙画質と一点限りの作品に、若者は新鮮味と装飾性を感じ取っているのかもしれません。
 再びインスタントカメラが注目されますね。
 
 物置に仕舞いこんでいるポラロイドカメラを探し出したとして、ポラロイドに instax 用フイルムが合うのだろうか。
 
 
 

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2016年11月14日 (月)

『アルプ』の創文社が 解散

2016.11.25 03 加筆修正

 創文社の PR 季刊誌『創文』 2016 秋 NO.23です。

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 その最終ページに「読者の皆様へ」として、 2020年(平成32年) で会社を解散する経営事情を記しています。
 
 創文社は、山歩きをしている人ならご存知の雑誌『アルプ』を発行していた出版社です。
 印刷所は精興社。精興社体の活字を使った活版印刷は、串田孫一を中心とした編集者の良質な文章を美しく読みやすい紙面で読者へ届けたい、というこだわりからでしょう。
 
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 『アルプ』の終刊は 1983年 昭和58年でした。
 
 
 
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 辻まことの『山からの絵本』(創文社)とは、神田の茗渓堂で出会いました。
 函から取り出して表紙を見たときの感動は、いまも変わりません。長く山登りを続けているのも、この人の著作の影響が大きかったと思います。
 
 
 
 
 

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2016年11月 6日 (日)

オートバイラリー

 かつて、普段使いのバイクで参加できるオートバイラリーが盛んな時期がありました。
 
 友人の一人がラリークラブを主宰していたので、何度か参加しましたし、仲間と雑誌『オートバイ』(モーターマガジン社)主催による「関東地区ラリー」にも参戦しました。
 
 当時50-60代だった書道の先生は、ヤマハYA-1で参加しました。この頃すでに珍しい存在のバイクだったし、新車のような輝きは注目の的でした。先生は他にYC-1もお持ちの、筋金の入ったヤマハ党でした。
 
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 余裕のウイリーなど見せるDT-1の友人に比べ、私は 500ccのメグロ スタミナ K ですから成績は振るいませんでした。
 凹凸の激しい林道に入ると技量もさることながら、テレスコピックの限度に近い動きでは”スタミナ”とはいえ車体をいたわらざるを得ない走りになります。
 
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 未練があって、まだ持っている「1K」の取説類。  川崎航空が吸収後、丸い尾灯の「2K」発売
 
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      コピーは湿式複写機による青焼き
 
 ラリーは、主催者から配布された地図(写真参照)通りに正確に走ってゴールし、指定時間との差を競います。
 コースの途中で速度指示が変わるため、左手で円形計算盤を使って速度と距離の計算をします。
 この操作を走りながらするのですから大変です。交通量の少なかったよき時代の遊びですね。
 
 円型計算盤は、Uコン機やK.O製049ディーゼルエンジンなどの宝物と一緒に縁の下に隠していました。が、家を建て直すときにすっかり忘れていて、産廃処分されてしまい大いに後悔しました。
 
 
 
 
 

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2016年11月 4日 (金)

焙煎珈琲屋さん

 職場では、缶コーヒーか自販機のインスタントコーヒー。最近はコンビニコーヒーですが、家ではコーヒー豆をコリコリ挽いて味わっています。
 
 
Sc
         後ろはNKオリジナルキャニスター
          手前は、 SOCJ 20th ステッカーてステンレスキャニスターを1up
 
 コーヒー豆の調達先は「 珈琲夢職人 」。 オープン当初からひいきにしている焙煎屋さんです。11月2日に装いを新たにしたので寄ってみました。
 
 白い壁と木材を多用した店内は、まだ木の香りが勝っていますが、やがてコーヒーの香りに包まれ、オーナーご夫妻自ら鏝を持って仕上げたという漆喰の壁も、楢の床材も歴史を刻んでいい味になってゆくでしょう。
 
 うれしいことに、一杯のサービスコーヒーを味わうスペースも広くなって、今まで以上に長居してしまいそうです。
 
 それにしても棚に使った黒柿の無垢板は、数寄者にとって垂涎のモノです。
 もし、ラワンや米松で作り替えることになったら、引きとって当庵(碧潭渟)の扁額にしたい。
 
 
 
 
 

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2016年10月29日 (土)

キリンの 缶コーヒー「Jive (ジャイブ)」

 キリンの缶コーヒー「Jive (ジャイブ)」。時代は昭和から平成へ変わるころ販売していました。
 
 缶コーヒーとしては好みの味でしたし、「 Jive 」の語感と、ロゴを含めたパッケージデザインも良かった。
 それに 280g、250gの容量が少なからず多からずで、昼休みにスウィングしながらグビッと飲んでいました。
 
Photo
 
 飲み終わった缶へ、製造部門で発生した半田くずを、厚さ10mmほど溶かし込んでペン立てにしました。
 
 
 「Jive (ジャイブ)」に比べ、後継種の「FIRE (ファイア)」は”挽きたて微糖”とはいえ、まだ甘みが勝っているように感じるのは、年とともに味覚が変わってきたからでしょうか。
 
 
 
 

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2016年10月16日 (日)

『 BE-PAL 』誌が 創刊35周年

2016.10.26 03 加筆修正
 
 アウトドア雑誌『 BE-PAL 』が創刊35周年を迎えたので、少し関連するモノを紹介しよう。
 
 車は替わっても、30年以上いまも変わらずグローブボックスに入っている一冊の詩集。 その枝折代わりに使っているモノが、 「 '87 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」の出入り証として使われた貼り付け式のパスである。
 
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                    『伊東静雄詩集』(旺文社)、「 PASS 」
 
 
  1986 年?月号の『 BE-PAL 』誌に、「 '86 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」参加者募集の案内があって、応募したのが始まりだった。
 
 オートキャンプは初めてなので、取りあえずテントは「エスパース」、「ホエーブス」のコンロ、「天山」のシュラフなど山道具を、フォルクスワーゲン・ゴルフⅠへ押し込んで出かけた。食事は肉うどんやオジヤといった、コッフェルで調理できる山屋スタイルだった。
 
 この年の会場は長野県南相木村で、せせらぎの脇に小さなテントが張れる環境はよかったが、駐車スペースからは少し離れていた。豪華な装備のオートキャンパーにはそこが不評だったのか、参加者の激増が関係したのか、翌年から同県川上村の広大な村営小川牧場に変わった。
 
Sc_2
 
 この頃からオートキャンプが広まり、量販店でもアウトドア用品を扱いだした。 写真のクーラーボックス(釣り用?)も、参加が決まってから近所の量販店で購入した記憶がある。
 
 しかし、年を追って隣のテントと軒を接するような状況になると、当初の広々とした雰囲気が魅力だったサマーミーティングへの興味が薄れてしまった。
 
 そして、自然と語らう会の集いで岩手県のカルデラへ出かけたのを最後に、テントやタープ類は物置の中で虫やヤモリたちの住処となっている。
 
Photo_4
            今日も肉うどん
 
 
 「 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」に参加していたことは今日まで内緒にしていたが、昔のことだし山岳部出身の硬派の知人らから「 BE-PAL 野郎」なんて揶揄されることももう無いだろう。
 
 
 
 
 
 

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