2017年7月23日 (日)

バナナの レッテル

 昭和的意匠のレッテル。
 
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 近所にある数軒のスーパーやコンビニで銘柄や値段の違うバナナをいろいろ買うが、子供の頃に食べた歯ざわりと味に出会わない。
 
 
 〽 可愛魚雷と一緒に積んだ、青いバナナも黄色く熟れた 
 
熟成方法なのだろうか。
 
 
 

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2017年7月 9日 (日)

SAABの 映画『幸せなひとりぼっち』

 予約していた『幸せなひとりぼっち』 のDVD が届いた。
 

 SOCJの掲示板に上映情報があったので、この映画を劇場で見たクラブ員も多かったと思う。

 

S  

 

 ストーリーは、集合住宅に住む、妻に先立たれ、会社をリストラされたSAAB 9000CS に乗る一人暮らしの59歳が主人公の話。

 

 行政の介護福祉への怒りやご近所付き合いの大切さを一徹な老人の生き方を通して、滑稽さと感傷を織り交ぜて描いた作品だ。

 

 

 SAAB好きから観ると、 SAAB 92 に始まり主人公の人生の回想シーンに、 SAABのほぼすべての車種が登場するのでサーブエレジーといえる。 

 

 父親と同じ鉄道会社に勤める主人公であるが、SAAB の前身は鉄道会社なのでそのあたりもぬかりない設定だ。

 

  また、主人公のセリフに SAAB ファンは喝さいしたのではないだろうか。

 「サーブに勝る車は、永遠に表れない」

 「アウディに乗ってるやつに何ができる。ゼロが四つもある」

 「サーブなら信用できる」

 

 

 パンフレットのエッセイに、1970年代の学生たちの間にボルボ派、サーブ派があってボルボは公務員などの管理者階級、サーブは労働者階級とみなされていた、と当時のエピソードが書いてあった。

 これは若者たちの国産メーカーに対する言葉遊びで、私にも似たような経験があった。 

 

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 私が乗っていた1971年モデルの SAAB 99 は、スウェーデン大使館員が1971年の赴任時に持ち込んだ新車なので、この大使館員はサーブ贔屓だったといえるし、違いの分かる男だった。

 

 

 

 

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2017年7月 4日 (火)

SAAB の 記事

 最近のSAAB社について「 SAAB その背景と実像を探る」と題する記事が、『航空情報』(せきれい社) 誌の 2016-12月号、2017-1月号、2月号に短期連載された。
 取り上げる時期を逃してしまったが、記しておこう。
 
 
  SAAB といっても、車ではなく防衛関連の本家の方である。
 
S1212_2
   左上 『 SCALE AVIATION 』(大日本絵画)Vol.86 SAAB 特集  
     手前 『航空情報』(せきれい社) 2016-12、2017-1、2017-2
 
 
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 記事から、破綻したサーブオートモビルを買い取った新興メーカーへ 「 SAAB 」ブランドの使用許可を出さなかった理由を妄測した。
 
 
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      SHAP 関数電卓 ピタゴラス   FAIRCHILD  TEL
 
 記事に出てくるフェアチャイルドとは名前つながりの参考品で、こちらは集積回路のメーカー。
 
 「 FAIRCHILD 」右の「 TEL 」は、東京エレクトロン社のロゴである。
 1980年に山の先輩からもらったモノで、「 TEL 」取材記念の品とのこと。
 四則計算・不良率計算がせいぜいの私には関数を扱う機会がなく、ポルシェで近所のスーパーへ一本の牛乳を買いに行くような使い方だったといえる。
 
 
 
 『航空情報』誌を古くからご存知の方は、出版社名が「せきれい社」となっていて驚かれたのではないだろうか。
 創刊した「酣燈社 (かんとうしゃ) 」は経営が行き詰まり、『航空情報』誌を2014年に「せきれい社」へ移管し雑誌は残せたが、2016年2月に「酣燈社」は倒産した。
 
 昨年11月の当ブログでも取り上げた「創文社」のように、出版不況の波に老舗は姿を隠した。
 
 小さな出版社と細く長く付き合っているが、そこもすでに徳俵に足がかかっている。
 このままデジタルに寄り切られるのか。生き残りの奇策はあるのか。
 
 
 
 

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2017年6月20日 (火)

雑誌『BE-PAL』の 付録

 6月10日発売の『BE-PAL』(2017年7月号)誌の付録を見て、ここまで来たかと驚いた。小ぶりとはいえ、創刊36周年記念の「ミニ・シェラカップ」だ。
 底部に BE-PAL 36th Anniversary とエンボスが刻まれて物欲をそそるし、シェラカップで料理を作る話題も多いので、売れるかもしれない。
 
 
 
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      本家 SIERRA CLUB ® カップ、
                        キャンピングガス S-200 + 寒冷地用カートリッジ
 
 
 
 今や大人雑誌の付録は珍しくない。
 大人だって付録はうれしい。
 付録は悲しい。
 
 
 
 

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2017年6月 7日 (水)

登山地図の 紙質

 ほとんど出し入れしていない本棚に、白い粉状のモノが散らかっていた。
 
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 隣の本をそっとどかすと、登山地図(『山と溪谷』の付録)が風化?して崩れ落ちたものだと分かった。
 花崗岩が、割れて砕けて真砂土(まさど)となるように。
 
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     ユポ紙(王子油化)
 
 登山地図は強い風や、雨の中で広げたり畳んだり、ポケットの中で汗が染みたりもする。そのため、折り目部分から破れたり、印刷がすり消えたりする欠点があった。
 その欠点を解消するために登場したのが、ユポ紙の登山地図だ。
 
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 昭文社は、1973年度版から登山地図にユポ紙を使い始めた。帯には「雨に強い、破れない未来の紙」と言葉が躍っている。
 
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     ユポ紙(三菱油化)
 
 ところが、歳月を経てユポ紙はこのように劣化した。
 原因は不明だが1973年度版の他の山域の2冊には、このような印刷剥離や台紙の劣化は起きていない。
 
 
 手元にある登山地図の出版社と各年代の紙質を見ると、昭文社が日地出版より一足早くユポ紙を採用したことが分かった。
 
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上段左から、 
 『登山・ハイキング④』紙製 1971年(日地出版)馬場渓二・横山厚夫
『4 登山・ハイキングシリーズ』紙製 1975年(日地出版)馬場渓二・横山厚夫
『エアリアマップ 20 』ユポ紙製 1973年(昭文社)山梨登高会 
『エアリアマップ 22 』ユポ紙製 1993年(昭文社)安富芳森
 
下段左から、
 『地球の風 』ニッチ オリジナル合成紙製 1997年(日地出版)馬場渓二
『登山・ハイキング 18 』ユポ紙製 2001年(ゼンリン)馬場渓二
『山と高原地図 27 』ユポ紙製 2004年(昭文社)安富芳森
 
 
 1973年版エアリアマップ「高尾山・陣馬高原」のユポ紙は崩解しつつあり、山梨登高会汗の記録は、風塵となって書架から消え去る日は近い。
 
 
 
 
※本日6月7日付け朝日新聞夕刊(4版)の一面に、「紙地図 苦戦」という記事があった。
 国土地理院発行の2.5万図、20万図などの紙地図販売数の減少で取次大手の業者が2月に倒産したこと。他方で「山と高原地図」(昭文社)の堅調な売り上げの理由。そして、紙地図の将来などについて書いてあった。
 
 
 
 

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2017年6月 1日 (木)

SAAB Automobile AB 幻の 70周年

 今年(2017年)は、 SAAB ファンにとって記念すべき年だ。
 
 
 SAAB が飛行機を作り始めて80年。
 
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     SAAB B17 :初めて設計・製作した全金属製爆撃機
 
 SAAB が自動車も作り始めて70年。
 メーカーは消滅したが、SAABファンは健在だ。
 
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Ssaab_2
     SAAB 本社工場の入館証(右)と、フェスティバル入場証
 
 そして、SAAB OWNER'S CLUB OF JAPAN (SOCJ) 発足35年という節目の年でもある。
 
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                SOCJ発足時のステッカー
 
 9月17日、18日には SOCJ 主催の  21th SAABDAY が、長野県安曇野市で開かれる。
 SAAB を磨いておこう。
 
 
 

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2017年5月25日 (木)

将棋盤上の 対峙

2017.06.26 02 藤井四段 29連勝 新記録達成
 
 中学生棋士の藤井聡太四段19連勝。 2017.5.25 現在 
 本日の竜王戦予選6組で、若手トップの近藤誠也五段(20)に勝ち、史上最年少で本戦へ進んだ。
 逸材と言われている近藤五段。勝敗は時の運。
 
 
 将棋盤を塗りなおした。
 
 
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       複雑な彫りの脚は、ニスはがしに時間がかかる
 
 写真を見ておやっ、と思ったら将棋通。
 
 そう、碁盤を削り直したので、周囲の余白は正しい将棋盤よりいくぶん広い。
 まわり将棋には向いていると思う。
 
 
 ふた昔ほど前に、勤務先の囲碁部がこれを処分するというので、”もったいない”のでもらった。
 将棋用に作り直して全体に透明ニスをスプレーしたが、テカテカ安っぽい出来上がりにガッカリしていた。
 
 一昨年、蜜蝋を手に入れたので、周囲のニスを落として摺り込むと良い雰囲気になった。ただ、盤面は少し強度を出したいので宿題にした。
 
 
 そして、近頃の若き棋士の活躍だ。
 
 宿題の解決にヤモリのミイラに塗布したあの「バーニッシュ」を使ってみようと思い立ち、盤面のニスを数日がかりで削り落とした。そして、目地も彫りなおした。
「マット」質なので安っぽいテカリもなく、ようやく狙い通りの素材感に仕上がり百年以上の木魂にこたえることができた。
 
 
【残心】むかし、ハガキに一手ずつ書いてやり取りする雅な将棋遊びに誘われた。
 
 
 
 

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2017年5月10日 (水)

SAAB 9-3の バッテリー

2017.05.24 02 加筆

 
 SAAB 9-3 がようやく帰ってきた。
 蓄電池にトラブルが出来して、ディーラーから戻ってくるまで7カ月かかった。
 
 その間、代車としてMB Bクラスを使ったが、SAAB 9-3 のトランクルームの広さには及ぶべくも無く、当方の荷役には不向きであった。
 
S
 
 写真の水滴のように見えるのは、噴出した電解液である。一部は蓄電池収納函の排熱口からエンジンルームへ飛散した。
 車検整備の時にディーラーが勧めた純正新品である。
 
 車検から4日目の初走行は、20th SAABDAYへ参加するため長野県安曇野市を往復した。
 その翌週、この日は久しぶりに晴れたので、洗車ついでにたまたまボンネットを開けたところこのような哀れな状態を現認することになった。
 9-3 のボンネットを開くのは年に数回だから、年寄りがよく言う「虫が知らせた」のだろう。
 
 翌日ディーラーが引き取っていったが、スウェーデンから部品が届くのに4-5カ月かかったのだろうか? 車が戻ってきたのは大型連休の初日だった。
 
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     カバーで覆われるが、センスの良い書体で願いたい
 
 
 さて、バッテリケーブルの交換が残っているというが、部品が揃うのはいつになることやら。
 
 
 
 
 

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2017年5月 2日 (火)

匙を 製作

2017.05.05 02 加筆

 
 山で使う匙を作った。
 
 趣味の世界で使う武器であるから、自分の口に合う形状と柄の長さと細さと曲線にこだわった。
 
S_2   黒い塗り匙は韓国のもの
 
 
 市販品を探してみるとレンゲのような皿部?の鈍くさい形が多く、大きさ、柄の太さや素材に納得できる品物は見つからなかった。そこで、むかし雲水体験をしたときに使った応量器の匙を理想形として思い出しながら製作した。
 
 素材はケヤキなのでふき漆をしたいところだが、取りあえず防汚・防水のためクルミの油を摺り込んだ。
 
 当面、日常での運用試験を行い、必要に応じて実戦配備することになる。
 
 
  ※箸や匙を武器と呼ぶわけを、先輩に尋ねたことはない。
  この平和な武器は、同行者からおかずを勧められた時に使用する。
   単独の場合はこのように、箸も匙も使わない食事ですましている。
 
 
 
 

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2017年4月18日 (火)

TEMPOの 温度計

 気温と雪温を測定する温度計で、金属ケースにねじ込んで携帯する。
 一目盛り1℃で、-40℃から+50℃までガラス管に刻んである。
 良質な日本製。
 
 
S_2
      ガラス管の裏側に”TEMPO”とメーカー名が彫ってある
 
 
 これからの時季は天気が安定し、日も長いし連休もあって、春の雪山を愉しむ好シーズンになる。
 ただし、気温も上がるので底雪崩も起きる。
 
 
 
 

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2017年4月 2日 (日)

雪山の空

 雪の山を歩いていて心躍る場面はいくつかある。
 こういう景色もその一つ。
 もう少しで稜線だ。
 
Sc
 
 カラマツの林は落葉の秋や芽吹きの春もよいけれど、亭々とした冬の姿も捨てがたい。
 
 
S_3
 
 頂を目指すことなく、雪を踏んで一人カラマツの林を彷徨い遠くの雪稜を眺めることも、雪山歩きの楽しみである。
 
 
 先日(3月27日)、那須茶臼岳で雪山を愉しむための訓練中に、雪崩によって高校生たち8名は無念にも命を落としてしまった。
 春山講習会に参加していた生徒さんたちは自然の怖さを体験をしたわけですから、山登りをやめることなく一層雪山を研究して、後輩たちに体験と技術をつなげてほしいと思います。
 それは、山が好きだった8名の願いでもありましょう。
 残念です。
 
 
 

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2017年3月17日 (金)

山で拾ったモノ  「天狗のつぶて」

2017.03.18 02 加筆修正
 
 「天狗のつぶて」 という言葉がある。
 
 言葉のニュアンスから、当たっても「いてっ」という程度のスピードのない小さな物を想像するが、どうだろう。
 
 昔、丹沢の〇沢で滝の順番待ちをしていた時、顔の脇 2、3センチのところをビユッと小さな物体が空気を切り裂き飛び去って行った。
 その時よじ登っている先行の連中からは「ラァッ!」の声が発せられなかったから、もっと上のほうから飛んできたのかもしれない。
 これなどは、微笑ましい「天狗のつぶて」どころか、当たれば大けがにつながるモノだ。
 
 
 さて、あぶくまに平穏な空があったころの話。
 汚れて小さくなった雪が一つ残っていた林を抜けると、尾根まで山仕事のか細い踏み跡があった。
 阿武隈山地の山並みを眺めながらしばらく登ったところで、ポーンと頭に何かが当たった。
 見回すと二三歩先の土の上にキノコが一つころがっていた。たった今、枯れ木から落ちてきた様子に見える土汚れのない小さな猿の腰掛けだ。
 
S
      枝の二股の近くで成長した猿の腰掛
 
S_2
 
 
 高い木もなく、自分のほかは誰もいないこの場所で、風もないのにどこから飛んできたのか不思議に思った。
 さては、失意の一人旅を気遣った天狗の乙な贈り物だったのか。
 
 春彼岸。青空には白い雲が五つ六つ。
 
 
   おうい雲よ
   ゆうゆうと
   馬鹿にのんきそうじゃないか
   どこまでゆくんだ
   ずっと 磐城平の方までゆくんか
 
         『雲』 山村暮鳥
 
 
 

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2017年3月 5日 (日)

SAAB 99 の 切手

2017.03.15 02 加筆
 
 SAAB 99 の 台紙付き切手です。
 
 SAAB 99 を入手して間もないころ、外国のオークションサイトでこの切手を見つけ SOCJ の友人に頼んで落札しました。
 当時はよく出ていましたが、最近は見なくなりました。
 
 古い車のオーナーになると、そのメーカーの歴史や、カタログ、グッズ等に興味が湧いて、調べたり関連するモノを収集したくなる方は少なくないと思います。
 
S99_2
 
 
 さて、台紙に描かれた SAAB 99 は、 '72-'73 年の EMS ヨーロッパモデルでしょう。
 インパクトアブソーバのバンパー。ウインカーの形状と位置。通称サッカーボール形のホイール。グリル中央のモヤモヤっと描かれている SAAB ems らしきエンブレムなどからの推測です。
 
 しかしながら、ボディー色が  '72-'73 年のコッパーコーラルにはひいき目に見ても難しく、 '74 年から登場した同じメタリック塗装のシルバークリスタル(スターリングシルバー)ではないかと、となると ・・・・・ まあ絵ですからね。
 
 切手のほうは、グリル中央の枠取りが台紙のイラストに比べ横に広いのとヘッドレストの形から、間違いなく '74 年のモデルに見えます。
 
 こんな風に、あれこれ想像することも楽しい趣味の時間です。
 
 
 
 ほかに、 SAAB 96 のラリーシーンを描いた切手?封緘紙?も発行されたし、SAAB の飛行機切手も数点発売されました。
 
962c_4
                  Carlsson " On the roof " !
  "逆さま "になっている文字を見て、ひざを打つ人はSAABエンスーです
 
 
 次の機会には SAAB の飛行機切手を取り上げましょう。
 
 
 
 
 

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2017年2月27日 (月)

シュイナードの カメラストラップ

 2017.03.01 02 加筆

  先日「 シュイナード 」を tabi-logue2 さんのブログで読み、今日は『 日本カメラ 』(2017年3月号)に掲載の、登山用ロープで製作するカメラストラップの記事を目にしました。

 そこで、今回のお題は二つ合わせて「 シュイナードの カメラストラップ 」としました。

 

Sf   Nikon F , NIKKOR - H  Auto  f = 28mm  1:3.5 , Nikon HN - 2

 

 ニコンFを山で使っていたころですから、ずいぶん昔になります。

 ご案内のようにフイルム交換は裏蓋を開けなければなりません。従いまして、その都度皮ケースから取り外すことが面倒になって、カメラに直接ストラップを付けて持ち歩くようになりました。

 はじめのうちはニコン純正の皮ストラップを使っていましたが、山で使うため汗や擦れなどで簡単に切れないものを探してこの *スリングに行き着きました。

 両端の折り返し部分は皮革縫製用の糸で縫ったので、丈夫さは折り紙付きですが縫い目の乱調が気になりますね。

S_5

 まあ「シュイナード イクイップメント」のタグが付いているので、知る人はニヤリとしたのではないでしょうか。

 

*スリング : 名前がついていたと思いますが、忘れたので単にスリングとしました。登攀時に、たくさんのカラビナをこれに掛けて運ぶ環状の紐。                     (02) 本来の名称は「 ギアラック」 とtabi-logue2さんから教わりました。

 

 作って、使って2,3の改良点が見つかりましたし、当時よりいい素材が出ていますので製品化も難しくないと思います。

 

 

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2017年2月24日 (金)

雪山の 行動食

 雪山の昼時、若者たちがコンロを出して何やら作っておりますが、即席ラーメンではないことはアウトドア雑誌の記事を読んでいるとわかります。
 昼食(ちゅうじき)に何を食べるか、これも一つの山の楽しみですね。
 
 
 面倒くさがりの私の場合、昼飯=行動食は写真のモノを基本にしています。
 
S
 
 ヤマザキの薄皮シリーズは、お気に入りです。予定行動時間が5時間以上だと、シャリバテ予防にフジパンのネオレーズンバターロールを追加します。
 
 市田柿は甘さ、柔らかさ、硬さのバランスが絶妙で、冬山の定番です。
 前日にヘタと種を処理して袋も入れ替えておくと、山中でゴミが出ずリードタイムの短縮につながります。
 薄皮シリーズもプラスチックのトレーは抜いてゆきます。
 
 ザックにコンロかメタは収めておりますが、行動中は魔法瓶の湯でコーヒーや紅茶、緑茶を飲むくらいです。
 理由は、途中から吹雪かれたり雨になった時でも、魔法瓶に溶かしこんだスープを飲みながら、パンや干し柿をほおばって次のポイントへ急げるからです。
 まあパーティで行動する場合は自明の理ですね。
 
 若い人から見るとお笑いになるでしょうが、昔の苦い体験から羹に懲りてなますを吹いているハイカー老人のスタイルです。
 
 
 
 
 

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2017年2月20日 (月)

8本爪の アイゼン

 HOPE 印の鍛造アイゼンです。
 クランポンと書く人もいます。
 
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 暮れに亡くなった先輩の遺品として、奥様から渡された山道具の一つです。
 
 先輩は私と登るようになる少し前に山の会を辞めていましたが、同じ会社に勤めていたこともあって、先輩が結婚するまでの十余年間、二人あるいは三人で山へ行きました。
 また、暮れから正月休みが終わるまでの数日間は、良質な雪と眺めが魅力の〇〇小屋で過ごすのを習いにしていました。
 
 
 先日、そんな思い出深い山小屋の、その山の頂へアイゼンを持って行きました。
 
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   いくら亜麻仁油を塗っても、綿紐は凍って苦労します
 
 地球温暖化の影響でしょうか厳冬期だというのに雪が少なく、山頂のこの岩の温かさにも驚きました。午前中は日差しがあり気温も上がったので、周囲の山を眺めていたら1時間以上も長居していました。
 
 
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 さあ、下山をせかせる雲が広がってきました。
 
 
 「いつかある日」の歌のように、ケルンにピッケルを立てるわけにはまいりませんので、遠くの山とアイゼンとを写真に収め奥様への雪山土産にしました。
 
 
 
 
 
 

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2017年2月14日 (火)

シュラフの 洗濯

 寝袋あるいはスリーピングバッグとも。

 雪の山へ登るようになって初めて購入した羽毛製品が、「天山(テンシャン)」というタグのシュラフだ。 「ドメゾン」などのヨーロッパブランドに対して、中国廣州製の「天山」は廉価なほうだったと記憶している。

 山へ持ち出さなくなって久しいが、このたび必要に迫られて物置から出してみると、頭のあたりは汚れでナイロンが固くなっていた。また、長年スタッフバッグに詰めたままだったせいか全体につぶれた感じになっていた。

 以前、羽毛服を洗ったところ、買った時以上に膨らんだので、シュラフもそうなることを期待した。

 結果は、フェザーが多いからなのか前回と洗剤が違うためなのか、期待した1.5倍にはならなかったが、それでも洗濯前より少し膨らんで汚れた部分は柔らかくなった。

S_3       おっ、スウェーデンカラー

 PCに向かって駄文を書いているこの場所は、もともと物入れ用の狭い空間だったが、本棚と机が入ったので電話線を引いて、そのまま使っている。従って、暖房はオイルヒーターのみで、しかも部屋の造りではないから温まらない。

 夜は、上下階の部屋でエアコンや電熱床暖房、オイルヒータなどを使っていて、家人が風呂上りにうっかりドライヤーなど使うとブレーカが落ち、ほかのPCもダウンするので毎回大ごとになってしまう。

 そんな家庭内電力事情があって、ここのオイルヒータは電源を封印した。そのためシュラフに腰まで入り、上には羽毛服を着て寒さをしのぐことになった。遊休資産の活用と省エネの為にもなる。

 「狭い部屋でも 黄金の御殿・・・」と強がりを歌いつつ。

 

 しかしながら、電気一系統の生活は危ういものがある。東日本大震災の時には石油ストーブの有用性を痛感したし、ガス暖房器具を捨てたことを後悔した。

 暖房は石油、ガスの他に、友人宅のように薪ストーブもあると心強い。

 

 

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2017年1月29日 (日)

S の刻印

 一本の魚印の刻印 「 S 」。
 
 手元にきた数年前の詳細は省くとして、SWEDEN の「 S 」 、 SAAB の「 S 」 なんとも偶然で運命的なものを感じました。
 
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      銅片へ打刻した “ S “
 
 
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      魚の印
 
 刻印の側面に、トレードマークの魚が打ってあるので魚印と呼称しています。
 
 父親がスイス製魚印の組ヤスリは切れ味が落ちない、と言っていたことを思い出し調べてみました。すると、魚印をトレードマークにしている精密ヤスリメーカーが、世界に二社存在していることが分かりました。
 一社はスイスの Vallorbe 社、もう一社は広島ヤスリ製作所でした。ただし、刻印は両社のカタログには見当たらないので、廃版になったと思われます。
 
 父親の使っていた数十本の組ヤスリはすでに無く、スイス製のトレードマークは確認できずにいます。
 
 果たして、写真の刻印はどちらの会社のモノでしょうか。
 
 
 
 金属製品の打刻文字や、彫刻文字に魅力を感じていますが、現在はコストの関係で印刷に置き換わったものが多く残念です。
 古いカメラに愛着がわくのは、指先に伝わる軍艦部に刻まれた文字列の凹凸や、平板な印刷とは違った視覚的精密感も要因の一つと考えます。
 
 
 

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2017年1月15日 (日)

方位磁石 あるいは コンパス とも

 02 2017.02.01  加筆

 写真は、スウェーデンのシルバ社製 TYP 5 という コンパスで、針がヤジロベエのようにブルブル震える昔ながらのタイプです。アルミケースの形と刻まれた目盛りとが、古い無線機のチューニングダイヤルに似ていい感じです。

 たった一度、このコンパスの指示を疑ったことがあります。 天候急変で、〇〇本谷を詰める予定を変更して逃げた枝沢。身を没する笹薮の斜面を、足元の水の流れた痕跡を右へ、左へと追いかけて尾根へ出た地点でのこと。目指した下降すべき〇谷の源頭部の地形が違う。狭い。

 ガスにまかれた現在地を自分たちの”感”のほうを信じて地図上に印したが、木に登った友人の「見えたっ!」の言葉の一瞬、ガスの切れ目に特徴ある〇山が見えて、印した場所を修正できた。   シルバのコンパスが示した "N" は正しかったのです。

Sc                   SILVA TYP 5

 オリエンテーリングのパーマネントコースが高尾山に造られたときに買ったモノで、オリエンテーリング用地図を持って何度か歩いた記憶があります。

 オリエンテーリングはスウェーデンから始まったといわれていますから、このような形のコンパスが生まれたのでしょう。スウェーデンからというところに、興味が湧きます。

 SAABを所有する遥か昔に購入したスウェーデン製品です。

 

 次は、現在常用しているレンズ部分が大きいスント社のリキッドタイプ。特殊なオイルが封入してあり、針は滑らかに動いて磁北を指します。

 スウェーデン土産になる珍しくて手ごろな山用品を探して、ストックホルムのアウトドアショップやハンティング用品店を巡りましたが、日本で見かけるモノばかりでした。あきらめて買ったのがこれです。ご存知、フインランドのメーカーです。

S                          SUUNTO M-4

 スント社が洒落た高度計内蔵のデジタル腕時計を発売して以来、国内ではシルバ社よりも知名度が高くなった気がします。

 S_2                                SUUNTO M-4  ,  SILVA TYP 5 

 

 山歩きに「国土地理院発行の地形図」「方位磁石」は必携。ほかに「高度計」があると便利です、と言っていたのはずいぶん前の話です。

 最近では単体の高度計をほとんど目にしなくなり、代わってGPS機器がアウトドアショップのガラスケースに並ぶようになりました。 

 

 新しい年の初めに方位磁石の揺れ動く針を見ていると、来し方のその時々の分岐点での選択を思い起こします。

 

 

 

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2016年12月28日 (水)

二等辺三角形の 旗

 この旗は公用車のフロントバンパーにボルト止めした、コーナーポールに結んでありました。1960年代も終わる頃、廃車した時にもらいました。
Photo_3
 
 最近は見かけなくなりましたが、当時は旗をつけている車をよく見かけました。なかでも、新聞社の車が社旗をなびかせて走っている記憶が鮮明です。
 
 
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 こういうペナントも流行りました。
近頃覗きませんが、山小屋や、土産物店ではまだ扱っているのでしょうか。
 
 
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 ストックに何やら引っかかっています。
 その先には、かつて某スキー協の薄緑色の三角旗がついていました。いうなれば周囲の房だけが残った、歴戦の連隊旗といったところでしょうか。
 
 人から見ると、汚らしいヒモがぶら下がっているとみるでしょうが、当人にとっては思い出を手繰り寄せる糸口です。
 
 
 
 
 

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2016年12月13日 (火)

SAAB と イノベータ

 SAAB と innovator どちらもスウェーデンの会社。
 
 SAAB 99 のリヤウインドウ越しに見える青いモノは、イノベータ社のフラッグクッションです。
 
 SAAB 900i を買った頃、前を走る SAAB 900 Turbo の後部にこのクッションが見え、ドンピシャな雰囲気に魅せられてそのまま家具屋へ走りました。
 
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 今や布地の色は退色し、青地とロゴの白抜きの境も怪しくなりましたが、 SAAB オーナーになって最初に買ったスウェーデン製小物です。
 
 
 現在、検索してもフラッグクッションは見つからないので、イノベータ社はインテリア部門から撤退したのかもしれません。
 
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 わが国の岩手県にはチャグチャグ馬コがあるように、スウェーデンにはダーラナ馬があって家畜として大切に扱われていたことが分かります。
 
 木地のダーラナ馬は、イノベータ社がインテリアを扱っていた当時のディスプレイ用です。
 
 
 
 
 

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2016年11月20日 (日)

SAABと リニアモーターカー

 下のポラロイド写真は、ふた昔ほど前のモノです。
 
 SAAB 900i 16op と並んでいるリニアモーターカーは、2003年に 581km/h の世界速度記録を出した公)鉄道総合技術研究所型の先頭車両 MLX01 。
 共に空力を追及した車両です。
 
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 19日(土)に、インスタントカメラ 「ライカ ゾフォート」が発売されました。
 
 ライカが参入したということは、富士フィルムの instax カメラが売れているということでしょうか。
 印画紙画質と一点限りの作品に、若者は新鮮味と装飾性を感じ取っているのかもしれません。
 再びインスタントカメラが注目されますね。
 
 物置に仕舞いこんでいるポラロイドカメラを探し出したとして、ポラロイドに instax 用フイルムが合うのだろうか。
 
 
 

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2016年11月14日 (月)

『アルプ』の創文社が 解散

2016.11.25 03 加筆修正

 創文社の PR 季刊誌『創文』 2016 秋 NO.23です。

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 その最終ページに「読者の皆様へ」として、 2020年(平成32年) で会社を解散する経営事情を記しています。
 
 創文社は、山歩きをしている人ならご存知の雑誌『アルプ』を発行していた出版社です。
 印刷所は精興社。精興社体の活字を使った活版印刷は、串田孫一を中心とした編集者の良質な文章を美しく読みやすい紙面で読者へ届けたい、というこだわりからでしょう。
 
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 『アルプ』の終刊は 1983年 昭和58年でした。
 
 
 
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 辻まことの『山からの絵本』(創文社)とは、神田の茗渓堂で出会いました。
 函から取り出して表紙を見たときの感動は、いまも変わりません。長く山登りを続けているのも、この人の著作の影響が大きかったと思います。
 
 
 
 
 

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2016年11月 6日 (日)

オートバイラリー

 かつて、普段使いのバイクで参加できるオートバイラリーが盛んな時期がありました。
 
 友人の一人がラリークラブを主宰していたので、何度か参加しましたし、仲間と雑誌『オートバイ』(モーターマガジン社)主催による「関東地区ラリー」にも参戦しました。
 
 当時50-60代だった書道の先生は、ヤマハYA-1で参加しました。この頃すでに珍しい存在のバイクだったし、新車のような輝きは注目の的でした。先生は他にYC-1もお持ちの、筋金の入ったヤマハ党でした。
 
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 余裕のウイリーなど見せるDT-1の友人に比べ、私は 500ccのメグロ スタミナ K ですから成績は振るいませんでした。
 凹凸の激しい林道に入ると技量もさることながら、テレスコピックの限度に近い動きでは”スタミナ”とはいえ車体をいたわらざるを得ない走りになります。
 
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 未練があって、まだ持っている「1K」の取説類。  川崎航空が吸収後、丸い尾灯の「2K」発売
 
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      コピーは湿式複写機による青焼き
 
 ラリーは、主催者から配布された地図(写真参照)通りに正確に走ってゴールし、指定時間との差を競います。
 コースの途中で速度指示が変わるため、左手で円形計算盤を使って速度と距離の計算をします。
 この操作を走りながらするのですから大変です。交通量の少なかったよき時代の遊びですね。
 
 円型計算盤は、Uコン機やK.O製049ディーゼルエンジンなどの宝物と一緒に縁の下に隠していました。が、家を建て直すときにすっかり忘れていて、産廃処分されてしまい大いに後悔しました。
 
 
 
 
 

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2016年11月 4日 (金)

焙煎珈琲屋さん

 職場では、缶コーヒーか自販機のインスタントコーヒー。最近はコンビニコーヒーですが、家ではコーヒー豆をコリコリ挽いて味わっています。
 
 
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         後ろはNKオリジナルキャニスター
          手前は、 SOCJ 20th ステッカーてステンレスキャニスターを1up
 
 コーヒー豆の調達先は「 珈琲夢職人 」。 オープン当初からひいきにしている焙煎屋さんです。11月2日に装いを新たにしたので寄ってみました。
 
 白い壁と木材を多用した店内は、まだ木の香りが勝っていますが、やがてコーヒーの香りに包まれ、オーナーご夫妻自ら鏝を持って仕上げたという漆喰の壁も、楢の床材も歴史を刻んでいい味になってゆくでしょう。
 
 うれしいことに、一杯のサービスコーヒーを味わうスペースも広くなって、今まで以上に長居してしまいそうです。
 
 それにしても棚に使った黒柿の無垢板は、数寄者にとって垂涎のモノです。
 もし、ラワンや米松で作り替えることになったら、引きとって当庵(碧潭渟)の扁額にしたい。
 
 
 
 
 

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2016年10月29日 (土)

キリンの 缶コーヒー「Jive (ジャイブ)」

 キリンの缶コーヒー「Jive (ジャイブ)」。時代は昭和から平成へ変わるころ販売していました。
 
 缶コーヒーとしては好みの味でしたし、「 Jive 」の語感と、ロゴを含めたパッケージデザインも良かった。
 それに 280g、250gの容量が少なからず多からずで、昼休みにスウィングしながらグビッと飲んでいました。
 
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 飲み終わった缶へ、製造部門で発生した半田くずを、厚さ10mmほど溶かし込んでペン立てにしました。
 
 
 「Jive (ジャイブ)」に比べ、後継種の「FIRE (ファイア)」は”挽きたて微糖”とはいえ、まだ甘みが勝っているように感じるのは、年とともに味覚が変わってきたからでしょうか。
 
 
 
 

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2016年10月16日 (日)

『 BE-PAL 』誌が 創刊35周年

2016.10.26 03 加筆修正
 
 アウトドア雑誌『 BE-PAL 』が創刊35周年を迎えたので、少し関連するモノを紹介しよう。
 
 車は替わっても、30年以上いまも変わらずグローブボックスに入っている一冊の詩集。 その枝折代わりに使っているモノが、 「 '87 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」の出入り証として使われた貼り付け式のパスである。
 
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                    『伊東静雄詩集』(旺文社)、「 PASS 」
 
 
  1986 年?月号の『 BE-PAL 』誌に、「 '86 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」参加者募集の案内があって、応募したのが始まりだった。
 
 オートキャンプは初めてなので、取りあえずテントは「エスパース」、「ホエーブス」のコンロ、「天山」のシュラフなど山道具を、フォルクスワーゲン・ゴルフⅠへ押し込んで出かけた。食事は肉うどんやオジヤといった、コッフェルで調理できる山屋スタイルだった。
 
 この年の会場は長野県南相木村で、せせらぎの脇に小さなテントが張れる環境はよかったが、駐車スペースからは少し離れていた。豪華な装備のオートキャンパーにはそこが不評だったのか、参加者の激増が関係したのか、翌年から同県川上村の広大な村営小川牧場に変わった。
 
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 この頃からオートキャンプが広まり、量販店でもアウトドア用品を扱いだした。 写真のクーラーボックス(釣り用?)も、参加が決まってから近所の量販店で購入した記憶がある。
 
 しかし、年を追って隣のテントと軒を接するような状況になると、当初の広々とした雰囲気が魅力だったサマーミーティングへの興味が薄れてしまった。
 
 そして、自然と語らう会の集いで岩手県のカルデラへ出かけたのを最後に、テントやタープ類は物置の中で虫やヤモリたちの住処となっている。
 
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            今日も肉うどん
 
 
 「 BE-PAL OUTDOOR SUMMER MEETING 」に参加していたことは今日まで内緒にしていたが、昔のことだし山岳部出身の硬派の知人らから「 BE-PAL 野郎」なんて揶揄されることももう無いだろう。
 
 
 
 
 
 

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2016年10月10日 (月)

バックカントリースキーを 新調

2016.10.13 02 加筆
 
 長野県松本市の「ブンリン」さんから、バインディングを取り付けましたとの連絡が入り、受け取ってきました。
 
 
 
 バインディングは、相当昔(40年位?)に購入した「ジルブレッタ 125A」。
 当時プラブーツで山スキーを楽しむ反面、気楽な雪山歩きもしたいと考えて求めたモノですが、取り付ける機会がないまま今日まで来てしまったというわけです。
 「ジルブレッタ 125A」は下の写真に載っているように、登山靴でスキーをするためのバインディングで、歩行と滑降はワイヤーの掛け替えで行います。
 
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 20数年前にも、取り付けを都内のテレマークとクライミングの専門店や、老舗の山の店へ持ち込んだのですが、すでに廃版商品の取り付けは相手にされずあきらめていました。
 
 が、今年の5月に、霧ヶ峰「コロモデゲストハウス」へサーブオーナーズクラブの仲間と泊った時、その話しをオーナーへ向けてみると「ブンリン」さんならできるのではないか、テレマーク用のオリジナル商品も開発していることだし、との情報を得てにわかに昔の思いが高まったわけです。
 
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      「コロモデゲストハウス」にて ジルブレッタ 125発見
 
 
 
 そこで、9月に安曇野で開催のSAABDAYへ参加する際、松本のお店へ寄ってご主人に相談したところ、「やってみましょう」といううれしい返事をもらった。というのがこの話の流れです。
 スキー板は、勧められたステップソールの MADSHUS。
 
 古い車の維持もそうですが、こういう面倒な依頼に楽しんで対応してくれるお店は頼もしい存在です。
 
S_14 「ブンリン」さんと、組みあがった MADSHUS + silvretta 125A  ,  GRONELL  
  
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      お客さんの最新テレマークバインディング(左)と比較 
 
 
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    kneissl mountain + silvretta 300  ,  DYNASTAR yati + silvretta 404
 
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             西沢+ホープマーカー
          ストック : SANDVIKEN SEEFABPICK  ルーフキャリア : THULE   , クルマ  :  SAAB 99   いずれも SWEDEN
 
 
 山スキーに乗らなくなって久しいのですが、今年の雪山は新調したレトロ アンド モダーンなステップソールでスノーハイキングと洒落こもう。
 そして、霧ヶ峰で登山靴との相性を確かめながら、雪原でのんびりとアールグレイを楽しみたい。
 
 
 
 今回、松本へ「締め具持参」→「取り付け打ち合わせ」→「引き取り」と3往復の鉄道旅で、購入してから読む時間がなかなか取れなかった『チンギスの陵墓』(上)(下)を読了したことも収穫でした。
 
 
 
 
 
 

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2016年9月21日 (水)

SAABの ミニカー Ⅱ

 ミニカー蒐集の趣味はありませんが・・・。
 
 
 
 
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           SAAB 96 SAAB 900 Turbo
 
  SAAB 96 の裏面には「MADE IN SPAIN ・ 1/86 ・ EKO 」。片や SAAB 900 Turbo には 「 WINKING BERLIN-W 」の文字があります。
 
 
S_96_900_me_torack_yoko
       SAAB Mercedes-Benz     

 
 
S900
        SAAB Tram
 
 MB のトラックとトレーラーは、「 WINKING GERMANY 」、トラムには「 WINKING BERLIN-W 」 この二通りの表示は製造年代の違いによるものでしょうか。また、 WINKING はあえて縮尺を記さなくとも分かるほどの先駆的なメーカーなのかもしれません。製品を手に取って見ると、精細な作りに世界中に多くの愛好家がいるのもうなずけます。
 WINKING のホームページには 1/87 と 1/160 のプラスチックモデルと、 1/43 のダイキャストモデルがラインナップされていました。
 
 スペイン1/86、ドイツ1/87。微妙な縮尺差です。飛行機のプラモデルは、1/144・1/72・1/48など、鉄道模型も HO ゲージ・ O ゲージなど国は違えど縮尺は統一されているように見えますが、ミニカーの世界では各社独自路線を構築しているのでしょうか。
 
 
 
 レトロな雰囲気のトラムは、何という車両をモデル化したのか分かりませんが、昔ヘルシンキで見かけたトラムに少し似ています。
 
 
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        1997 HELSINKI 
 
 
 
 
 
 

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2016年9月 8日 (木)

もうすぐスタート「ツール・ド・みちのく2016」

 もうすぐスタートですね。
 
 
「ツール・ド・みちのく2016」
 
 
Saab99m_2
            SAAB & Mercedes-Benz
 
 
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         ここは何処?頭を冷やせ、地図を見よ!
 
 
 色々ありました。
 
今年はエントリーしておりませんが、遠くから応援しております。
 
 
 

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2016年9月 1日 (木)

山で拾ったモノ

半かけの鹿の角。
 
 長く山歩きをしていると、山中で様々な落とし物に出会います。
 
 削って薬として役立てる、とかナイフのグリップや根付に加工したいなど決まった目的もないのに、鹿の角は拾いたいモノの第一番でした。藪山歩きでケモノ道も利用しますが、偶然の産物ですからそうやすやすと見つかるモノではありません。
 
 やっと鹿の角を見つけたのは、赤石山脈北端の山。数年程前の出来事です。
 スキー場ができてから、ほとんど歩かれなくなった昔の登山道を登っていると、深さ20センチくらいの雪を踏みこんだ靴底に違和感を感じ、見ると鹿の角でした。ただ、この角には苔がびっしりついていたので、そのまま雪の下に戻しました。
 
 
 峠の脇に自動車のための新しい道路が開削されたり隧道が掘られたりすると、荷は人や牛馬が背負える分だし労働時間はかかるしで多くの峠はさびれてしまいます。漁村と山間の集落を結ぶ A 峠もその一つで、里人から打ち捨てられ荒れていました。
 
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 響きの良い名前に誘われて、ある年の 1月の晦日に A 峠へ向かいました。
 取り付きの家で様子を尋ねるともう何年も歩いていないし、いまはケモノの住処になっているとの返事がもどってきました。もちろんハイカーも、孟宗竹の倒木?コケやらカビやらが付いて滑って歩きにくい、陰湿な谷沿いの登りなど見向きもしません。
 
  ※その翌年、一人くらいは物好きがいるかと思い、会山行の計画を出しましたが申込者はなかった。
 
 
 小沢に沿って歩きやすいところを拾って行くと、里人のいうようにイノシシが遊んでいました。そこから、しばらく遡上した二股になった流れのわきに、朽木に交じっていたのがこの角です。
 
Photo
 
 
 角の欠け具合から、主は伊豆の山中を駆け回っていた暴れん坊と想像できますから、本棚に打ち込んだハーケンにぶら下げてみたり、積み重ねた雑誌の上に置いたりと、その日、その時によって置き場所を変えています。
 
 
 
 
 
 
 

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2016年8月23日 (火)

SAABの 飛行機プラモデル

 *購入車両 SAAB C900i に決め、西武自動車販売㈱へ実車を見に行った時の事。裏手の薄暗いピットの中にあった黒いC900。 そのボンネットから立ち上がるフロントガラスがまさに戦闘機のキャノピーに見えた瞬間、眠っていたヒコーキ少年のこころが揺り起こされました。      
 
 
1986900
 
 
 以来、スウェーデン戦闘機と SAAB 製航空機の変遷を、プラモデルの箱絵でつづってみたい、と構想30年?ようやく実現しました。
 
 
 スウェーデン空軍は創設期から外国機で構成してきましたが、欧州がきな臭くなってきた1936年以降は、さらにハンドレページハンプテン爆撃機、ブレゲー694攻撃機、ユンカースJu86K爆撃機、フォッケウルフFw44Jシューティングリッツ初歩練習機などを各国へ発注して空軍力を増強しました。
 それに伴って、1937年に SAAB ( Svenska Aeroplan Aktiebolaget ) も創立され、機体やエンジンのライセンス生産を進めて技術力、生産力を高めました。
 
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                                         © Saab AB
 1941年からは、アメリカ人技師の協力を得ながら、国産機 B17 を作り始めました。ただし、エンジンは米国(P&W)や英国(Bristol)などのライセンス生産品です。
 車も当初は DKW 、 FORD 、TRIUMPH 等の外国製エンジンを載せていましたが、1972年の 99 から悲願だった自社製の2リッターエンジンを搭載するようになりました。
 
 
 
スウェーデン空軍の制式戦闘機 ( Jakt )
 表のJ1からJ35ドラケンまでは使用年数、機数を入れてありますが、参考文献(1966年)以降に登場したビゲン、グリペンの機数等は未確認です。
 
Ssweden_2015
 
 
 
SAAB が設計開発した航空機
 表は1941年の B17 から J39 グリペン、SAAB 340までを載せました。
 B17 は SAAB が初めて設計・製作した全金属製爆撃機で、その爆撃照準器はスウェーデンで開発したと文献にありますから、当時創立した航空カメラメーカーのハッセルブラッド社が担当したかもしれません。
 
S_saab_2015
 
 
 SAAB 90 「スカンディア」、  91 「サフィール」は飛行機、そして黄色欄の 92 、 93 は自動車と続くことから当時の開発番号は、飛行機も自動車も一元管理だったことが分かります。
 その後、1950年代から爆撃機を攻撃機に分類変更したように、大きな見直しがあったので、「9~」番号は車専用になったと考えます。
 
 
 それにしても、スウェーデン国籍のマークがついている飛行機のプラスチックモデルが、これほど種類豊富に市販されたことに驚きました。
 
 
 
参考文献: 『航空ファン』(文林堂)1965~1966年各号
        『仏・伊・ソ 軍用機の全貌』(酣燈社)
 
 
 
 
 

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2016年8月12日 (金)

暑気払い

 記録的な暑さが続きます。
 
 遮熱塗料の研究が進んでいるようですが、自動車用塗料への応用はどうなのでしょう。
 
 「山の日」というのに山へも行かず、とりあえずビール。
 近頃これがマイブーム。
 
 
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2016年8月 3日 (水)

ヤモリ Ⅱ

 またヤモリの話。
 
 
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 数週間前、近所の路上でぺしゃんこになったヤモリを見つけました。この日も * 以前のヤモリの時と同じように暑い朝でした。
 
 その道は、住宅地の舗装路なので車の往来は居住者か、たまに通り抜ける程度です。バイクも新聞配達か郵便配達くらいでしょう。
 
 10センチほどの大柄なヤモリは自転車に轢かれたような様子ではなく、尻尾はなくなり腹を上にして白い熨斗イカのようになっていました。運悪く、早朝出勤か夜間帰宅車両の犠牲になったのでしょうか。
 
 この辺りは続けて二軒の古屋が解体されましたから、住処を失くしたヤモリたちが新天地を求めて彷徨している内の事故なのでしょう。
 
 
 昨日、突然の雷雨があったので、ヤモリがどうなったか見に行ったところ、その姿は消えていました。大雨で側溝に流されてしまったのだろうか、それともその前に近所の人が掃いてしまったのだろうか、濡れた路面にヤモリの姿はありませんでした。
 
 
 頭の中にもピカリと光るものが走って、マットに最適な素材が見つかり、ようやく「 家守 Gekko japonicus 」を額装しました。
 
 
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2016年7月26日 (火)

SAAB 99 と 9-3 Sport Estate

 先日、青森を目指して東北自動車道を北上していたら、フュージョンブルーの SAAB 9-3 Sport Estate が追い越していった。
 
 それは那須高原付近だったろうか、バックミラーに映った顔で 9-3 と識別できたが、並んだ時にエステートと分かった。セダンはたまに見かけるがエステートは初めてだ。
 新車が出なくなった今、貴重な瞬間だと思いつつ、いつものペースで走っていくと、くだんのエステートが走行車線に戻っていた.。挨拶をして追いぬくと、エステートはぴたりと後に車間を取る。郡山を過ぎても、仙台を通過してもついてくる。どこまで行くのか帰るのか、興味がわいた。
 
 
 わが * SAAB 99 は固有振動数がゼロになる速度領域があって、それが C900 や 9-3 と同じなのは計算されたものだろうか。その領域に入ると、実に快適な移動空間になるのだが。
 
 
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      東北自動車道 前沢SA  99 9-3 Sport Estate、DNAが感じられる?
 
 
 時刻は17時をまわった。
 
 今日も宿を決めずに出たので花巻で宿が取れれば一泊し、取れなければこのまま青森まで走って早朝の温泉で汗を流そうか、と思案しながら左のウインカーを出して前沢SAへ。後ろのエステートも続いて入ってきて駐車したのが上の写真。
 
 エステート氏は岩手県滝沢市で、サーブを中心とした輸入中古車のネット販売を生業にしているという。この日、新しく仕入れたエステートで戻る途次、 SAAB 99 と遭遇したというわけである。
 名刺交換のあと、最近のサーブ人気や部品事情など、しばし歓談してから別れた。
 
 走行中に挨拶をしたサーブオーナーと話ができたのは初めてなので、少なからず縁というものを感じたひと時だった。また、サーブファンとしてサーブの減少カーブが少しでも緩やかになるようエステート氏の盛業を願い、花巻へ向かって東北自動車道を離れた。
 
 
 
 
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2016年7月21日 (木)

SAABの 皿

 金茶色の縁取りに青色で「 SAAB 」と書いてある灰青色の小皿は、オーナーズクラブに所属していた作陶家が、ある年の「SAAB DAY」で頒布した作品です。
 
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 ほかに、同じデザインの直径30センチの大皿もあり、シンプルなデザインと控えめな色使いが気に入って愛用しております。
 ロレット模様の底面に作家名が削ってあり、たしか土岐(美濃焼)の方と記憶しております。
 
 
 
 結婚して四個揃えた麦わら手のどんぶりは、いつの間にか一つになってしまったので、数年前に益子の陶器市で、どんぶりを買い足しました。 しかし、その益子焼のどんぶりも続けて落としてしまったので、今年に入って市内のデパートで家人がどんぶりを一つ買ってきました。
 
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 そのどんぶりを見て、なんとも奇遇だと思いました。
 底に「美濃 駄知焼」と書いてあったからです。というのも、昨年(2015年5月)オーナーズクラブの企画で、駄知町の私設自動車博物館「駄知旧車館」を訪ねました。その折に、初めて駄知町という町名を知り、美濃焼の窯もあることを聞きましたので、その旅行がなければ「美濃 駄知焼」の文字から、これほど親しみも感動も得られなかったでしょう。
 
 どんぶりは大量生産のいわゆる日用雑器の部類でしょうが、手慣れた呉須の絵付けも勢いがあって好ましいものです。また、手がかりの良い形なので、うっかり滑り落とすこと無く長く使えそうです。
 そして、「駄知焼」の文字を見るたび、使うたびに私設自動車博物館や山神温泉に泊った小旅行を思い起こすでしょう。
 
 
 
 

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2016年7月10日 (日)

航空切手

2016/7/13  02版 修正
 
 下の航空切手は1999年頃、勤務先の方がエアメイルから切り取ってくれたものです。
S_2
        NZ Post office stamp/   Boeing & Westervelt Seaplane
 US Post office stamp/  Ring-necked Pheasant,  Jacqueline Cochran,  Eddie Rickenbacker 
 
 
 女性の名はジャクリーン・コクラン(1906~1980)。米国女性パイロットの草分けの一人。1938年にベンディックス トロフィー レース(ロサンゼルス~クリーブランド間の北米大陸横断速度競争)で優勝しました。記録は距離 2,042 miles を 8時間10分 31秒4 で飛び、平均時速 249.11 m/ hでした。 (Wikipedia: Bendix Trophy  による)
 背景に搭乗機セバスキーP-35が描かれているので、この時の様子を図案にしたものと思います。彼女は女性として初めて音速を超えた記録のほか、女性初のタイトルをたくさん持っています。
 しかし、米国の女性パイロットとしては アメリア・イヤハート (1897~1937) の方が知名度では高そうです。
 先頃、季刊誌『kotoba』2016年夏号(集英社)に掲載された、青木冨貴子「女性飛行家 アメリア・イヤハートの生涯」を読みました。女性初の単独大西洋横断の快挙以上に、世界一周旅行の途中、南太平洋で忽然と姿を消してしまったという謎、が多くの人の関心を引き付けているのですね。
 来年(2017年)はイヤハートが消息を絶って80年目、新しい発見が出来するでしょうか。
 
 男性は、エディ・リッケンバッカー(1890~1973)。第一次世界大戦で26機を撃墜したことで有名な、米国のエースパイロットです。背景の複葉機は彼が、ヨーロッパ戦線で闘っていたころの搭乗機 * スパッドS.13です。胴体にシルクハットが描かれていますから間違いありません。
 彼は戦後、イースタン航空の社長を務めた実業家でもあったことは、インターネットでやすやすと調べられるでしょうからこの辺で。 (参考  Wikipedia: Eddie Rickenbacker など
 
 この二枚の切手は、パイロット・シリーズで何種か売り出されたものと推測します。ベンディックス レース優勝の女性とWW1の撃墜王があって、アメリア・イヤハートの切手がないのは不自然ですからね。
 目白の切手博物館へ行けば、その疑問は速やかに解消されるのでしょうが・・・。
 
 左の鳥の絵は高麗雉で、日本の雉は首に白い輪がないので見分けがつきます。私の着ている米国のビール会社名のTシャツにも、高麗雉が描かれています。米国で雉と言えば高麗雉なのでしょうか。
 上段のニュージーランドの切手は、水上基地へ向けて左へ操縦桿を倒した複葉水上機。後ろ姿ではありますが、プラモデルの箱絵のようです。複葉も単葉も水上機はかっこいい。
 
 
 さて、小学生六年の時に買ったストックブックに、一枚の切手を見つけました。
いみじくも 「 1910-1960 航空50年記念 」 。 
 
 
Photo
 
 
 
 
 
 
* 関連記事:SPAD S.13 1970年 資生堂 MG5 のポスター  
 

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2016年7月 4日 (月)

山で出会った車

2016/7/6  02版 加筆修正
 
 近頃のように、林道の奥の奥までマイカーや、マイクロバス、チャーターバスなどで入らなかったころ。深い山へ入る場合は、公共交通機関のバス停から歩くか、民間のトラックの荷台に乗せてもらって登山口まで運んでもらいました。
 荷台の端の人はつかまりどころがあるのですが、真ん中の人は横の人にすがるしかなく、荒れた林道はトラックを跳ね上げるので、ザックも自分も放り出されないよう大変でした。そんな光景は昭和の終わりころまで残っていました。
 昔語りになりましたが、登山案内書にも書かれていますから戦後から続く暗黙の営業だったのでしょう。崖下へ転落する死亡事故や、規制の強化、またマイカーやバスでの登山が一般化したこともあってトラックの運行はなくなりました。そして、荷台に乗り合わせた、初対面の同好の士と会話する機会も減りました。
 
 
 さて、山を歩いていると、何らかの事情で山中に放置された車を見かけることがあります。
その放置された車、あるいは山で働く車を拾ってみました。
 
 
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 ダイハツの三輪車。いい具合に全身サビをまとっていますが、驚くことに穴あきがありません。塗料はさておき、吟味した鋼板を使っています。
 JR篠ノ井線 明科駅から北へ入った里山の中腹に残置されてました。ウインドウガラスが割れている以外は、計器、アマル式キャブレター、アポロ方向指示器も残っています。
 時代は昭和20年代後半から30年代頃。働き盛りの農夫がまたがり、バーハンドルを操作しながら小回りを利かせ、山間の農地を毎日往復していたのでしょう。ドットドドッと力強い排気音が想像できます。
 
 
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 筑波山付近の里山へ登った時に遭遇したビートル。フロントガラスに段ボールが挟んであるので近寄ってみると、マジックで「除草作業中」と書いてあった。
 なるほど、注意書きがないと放置車両と勘違いされて、大変なことになってしまうのだろう。いや、いっぺんそういう事態が出来したのかと思う。
 汚し塗装ではなく本当の錆です。車は道具。必要最低限の手入れだけで良い、という使い方。あっぱれ。
 
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 ランドローバー・ピックアップ 好きです。詳しくわかりませんが、グリルの形状から初期の部類と推察します。2010年の夏に、スイスのミューレンからグリースアルプへ歩いている途中で見かけた車です。
 右のフェンダーも同じ場所がへこんでいましたが、塗装は塗り替えていませんでした。後部荷台には平たい石がたくさん放り込まれていて、トレッキングコースなどの修復に運ぶのか、それとも私の背後のヒュッテ?の外構でも直すために運んできたものか。いずれにしても程度の良い状態で、しかも普段の役務に使っているとは、オーナーに脱帽です。スペアタイヤも正しく装備して有事に備えています。
 
 
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 ご存じ、いすゞTWです。六輪駆動です。鎖を見てください力強いです。林業の頼もしい担い手です。
 
 TWを教えてくれたのは、岩手・七時雨山荘のご主人です。
 山荘から外を眺めていると、伐採した木を山のように積んだトラックが止っていたので、なんという車か尋ねたら「テーダブ、TW だよ」と。
 それからです、大型連休にはこのTWの写真を撮るため、北上山地をぐるぐる走り回ることになりました。所詮、家族サービスと称しての連休中の行動ですから、たかが知れています。
 
 TWは、いすゞの他に日野、日産も作っておりました。が、好きなのは「いすゞ」です。二番手に「日野」を上げます。なぜ「いすゞ」かというと、ボンネットのひらがな文字の「いすゞ」バッチが七宝調仕上げで重厚だったから。文字を囲む波模様は、五十鈴川のさざ波を図案化したのでしょう、秀逸です。
 
 ひらがなの余談です。場所は失念しましたが南アルプスの山中で、赤エフに「かもしか」と流麗な筆遣いのかな文字が目に留まりました。藪山専門の伝統ある山岳会名です。美しい文字から、登山哲学、忍びのような行動原理を感じました。
 
 日野はボンネットグリルが丸みを帯びてチャーミングです。でも、3-4年で遭遇したのはわずか3台。この地域ではいすゞに比べ、圧倒的に生息数が少なかったので細かく観察できませんでした。
 
 上の写真は2014年の秋、20年ぶりに久慈・平庭方面を走った時に出会ったTWです。昭和のいすゞが、今でも活躍しているのを見てうれしくなりました。この会社は6台くらい所有しておりその雄姿は圧巻です。
 写真のような南星のクレーン装備は一般的ですが、20年前には荷台の後部に三本爪のアームを搭載し、木材を自力で荷台へ積み込むガンダム級のTWも活躍していました。
 
 
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 この個体は1990年代に、北上山地で見つけた「いすゞ」です。
 
 ウインチは、たくさんの巨木を切り出すための、索道架設に使ったものでしょうか。
 大きなウインチを荷台に据えたTWは役目を終え、もう勇壮な音を響かせることはありません。
 静かにツタの絡まるに身を任せています。
 
 虎は死して・・・。
 
 
 つい話が長くなってしまいました。
 
 
 
 
 

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2016年7月 2日 (土)

SAABの ミニカー

92001 と URSAAB
 
 
92001

      左:92001  右:URSAAB 
 
 あの日、僕らは館内に入ってすぐに物欲フルスロットルで売店へ駆け寄り、買い物をしました。国内では手に入りにくいものも多く、予算はあってないようなものでしたが目移りしました。いろいろあったなかでも、写真左の木製の 92001 は来館者に人気が高いものでした。木彫だけに、大胆に特徴をとらえて細部を省略しています。車輪が回転するので、子供の玩具として作られたかと思います。さて、この大きさはミニカーと呼んでよいものかどうか。
 
 あの日というのは 1997年7月18日のこと。ストックホルムからヨーテボリヘ飛び、そこから SAAB のレンタカーで SAAB 本社工場の街トロールハッタンヘ。そして、昂る気持ちを抑えがたく、宿へチェックインする前にこのサーブミュージアムへ飛び込んだというわけです。
 翌7月19日、20日は、 SAAB 50 周年のお祭りで、世界中から集まった約2万人近くの SAAB クレイジーが SAAB の節目を盛大に祝いました。 SAAB 本社から招待された僕ら5人は社員のオーラ、ベルク両氏に、朝早くから夜遅くまでお祭り以外に SAAB 製造ライン見学のほか、運河などトロールハッタンの名所を案内され、二日間の白夜の国の旅情を持ち帰りました。
 両氏と日本での運命的出会いについては、機会があれば記しておきましょう。
 
 
 右の URSAAB(92001?) 1/43 ミニカーは、確かクラブの仲間から声がかかって一緒に購入したものです。
 底の部分に金地に黒文字で 「 montge de MARPYTOYS 」と書いたラベルが貼ってあり、その横に数字が 41 と白でスタンプしてあります。これはたぶん通し番号で、オランダの SAAB クラブが50台限定製作したうちの41号車ということでしょう。
 小さなテールライトもしっかりと表現してあり、バンパーの繊細さ、テールパイプの具合などハンドメイドらしい丁寧な作りです。
 
 
 久しぶりにこうして眺めると、典型的なストリームデザインがきれいです。
 
 
 
 

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2016年6月30日 (木)

『釜定』さんの鋳物   ナマズと一角獣

◆ ナマズ

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 木彫の裏には「平成元年」と書いてありますから随分前のことです。鯰は昔から絵や彫刻などの作品になっていて目新しさは全くありませんが、夢で見たナマズを無性に彫りたくなったわけです。

 鯰は池袋のサンシャイン水族館でスケッチして、画材屋で求めた桂の木へ彫りました。ご覧のように、質感が思い描いたほど表現できずガッカリしました。

 金属ならイメージ通りの仕上がりになると思い、盛岡・紺屋町の『釜定』 宮伸穂さんに相談したところ快く引き受けてくださって青銅のナマズが出来上がりました。桂材では意識してノミの跡を残しましたが、青銅の表面にこれは似合わず、キサゲを使ってぬるっとした肌になるよう削りました。 

 仕上がったナマズを義母へ見せたところ、捕ってきて桶の中で四、五日たった鯰だと評されました。最上川畔で育ち川魚を身近に見てきた人からすると、水族館の鯰は、自然界の生き生きした鯰に比べて、痩せた生気のない姿をしていると一目で看破されたわけです。

 

 

◆ 一角獣 

 ナマズの数年後、結婚7年目の記念として一角獣のペーパーウエイトを作り、要・不要・好き嫌いはありましょうが、式に出席してくれた友人達へ送りました。

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 一角獣のモチーフは、父親が仙台藩の御用錺職人だったころに作った刀の目貫(?)で、それを数倍の大きさに粘土で型を作りました。鋳造はこれも『釜定』さんにお願いしました。
 
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 手元に残した一つを、父親が伝統の技法で鍍金する段取りまで立てたのですが、残念ながらその機会を失ってしまいました。

 

 

 

連記事: 2016年6月17日 (金) 『釜定』さんの物   灰皿 と ペン皿  

http://bayanroujinn.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-36d7.html

 

 

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2016年6月28日 (火)

ヤモリ

ヤモリのペーパークラフト
 
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 だいぶ前のこと、会社へ向かって商店街に差し掛かったころ足元にヤモリがいた。いたというより、車か自転車に轢かれたようだった。
 その日は朝の8時というのに暑い日だったから、絶命したヤモリの口から飛び出た舌は乾き始めていた。眺めていると、なぜか持ち帰りたくなって懐紙に包み鞄へ入れてきた。
 そして、防虫剤と一緒にラップでくるんで、失くしたりつぶしたりしないように本棚の隅へ仕舞っておいた。

 何年かたって、雑誌のカットを頼まれたときに、ヤモリを思い出してラップをほどいた。ヤモリは固くミイラのようになっていて、背骨の一つ一つがはっきり浮き出ていた。トカゲに比べヤモリの灰色のひんやりした胴体は、平べったい山型をしている上、粉っぽくつまみにくかったことなど思い出しながら、クラフト紙を細工した。出来上がりは、爪の感じがよく仕上がって供養になったと思う。
 
 ヤモリは、そのままにしておくと風化する心配があるので、艶消しの樹脂を染み込ませてみた。これからは本棚の隅ではなく、額装して「家守」がいつも見えるようにしたいと小品用の額縁までは準備したが、まだ厚みのあるマットは作っていない。


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2016年6月27日 (月)

SAAB 99    “ Early 99 “

Ssaab_99_1971

          SAAB 99 1971年モデル

 SAAB 99 は 1969 年モデルから発売になりました。
 SAABは戦後すぐに車の研究をはじめ、1950年に第一号となる  SAAB 92 を販売しました。そのデザインを踏襲してきた SAAB 96 ですが、世界の流行から見ると新しいデザインの車が必要になって生まれたのが SAAB 99 です。
 カメラで例えると、SAAB 96 がバルナック型ライカとすると、SAAB 99 はM型ライカでしょうか。


Ssimg_9250                          SAAB 96 1966年モデル
 SAAB 92から 96 までのデザインが飛行機の翼の断面形に対して、99 は飛行機のコックピットがモチーフです。
 99 を上から見ると前面ガラスが大きく湾曲して戦闘機のコクピットのように空気を左右に受け流します。横から見ると前面ガラスの立ち上がり角度がやはりコックピットと同じくらいの角度がついています。
 そして、屋根からトランクへの線はアイスクリームをスプーンですくい取ったような独特な造形です。雨の日、ある程度の速度が出ると後部窓に水滴はほとんど残りません。

 また、 SAAB は第一号車から三角窓を持っていないことは特筆すべきかもしれません。つまり、窓の曇りやすい寒冷地スウェーデンですから室内の空気の流れを十分考えていたと言えます。以前、某外国車で高速走行中に、一瞬ですべての窓が曇って視界ゼロを体験したので、その大切さはよくわかります。

 それと、サイドウインドウは少しふくらみを持たせてあります。このふくらみは、空気の渦を軽減し、車全体の空気抵抗を減らしている小さな努力と言えます。

Img_0507_2           窓に映った電線で三次元曲面が

 飛行機屋さんは、空気の流れを自家薬籠中のものとしていたことがよくわかります。





 
 

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2016年6月26日 (日)

SAAB の部品

 作家五木寛之氏が『僕のみつけたもの』(集英社)で、 SAAB のヒューズボックスを北欧の宝石箱と形容し、また別の項目では SAAB のスタイルについて称賛しています。


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              小さい文字のパテントナンバーがぎっしり打刻


 写真は、 SAAB 99 交換用のワイパーブレードです。
 部品票が時代を感じさせます。青インクで印刷した腰の強い台紙に、タイププリントした紙を丁寧に貼っています。そして台紙にはしっかりと鳩目が打ってあり、細い針金で部品へ結んであります。手間がかかっています。

 ワイパーブレードそのものはイギリス製です。多分 「TRICO-FOLBERTH」 という会社の製品でしょう。他の自動車メーカーも採用しています。

 写真中央部の細長くプレスされた部分には、小さい文字でパテントナンバーがぎっしり打刻してあります。この細い文字がきいています。時代が下がると、もっさりした太い線になって精密感がなくなりました。金属刻印は細く鋭い線でないといけません。
 パテントの打刻されたコの字形部品は、バリが内側になるようプレス加工しています。加工後のバリ取り工程が不要になる利点と、素手で扱うことを考えています。

 当初から車体についているワイパーブレードには、中央に 商品名でしょうか「SPEEDBLADE」 と斜めに刻印を打ってメーカーの自信をのぞかせます。
Simg_4270_4
       SPEEDBLADE

 金属部分は全て、ステンレススチールです。その鈍い金属色と二本の押さえバネ構造とが、ステンレスを多用した Early 99  にはよく似合っています。


 Early 99 とは、1969年~1974年までに生産されたトライアンフ社製エンジンを搭載した99を “Early 99” と呼び、1972年以降の自社製2Lエンジン搭載は単に“99”と言って区別しています。

 


 



     2016/6/27
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2016年6月25日 (土)

伝説の SAAB

SAAB という自動車メーカーがあった。


Photo
         左:SAAB93,95,96  19551961   右:SAAB96,97,99 19691971


 NEVS(National Electric Vehicle Sweden AB)は、来年2017年に発表する電気自動車にSAABのブランドを使わないことを発表しました。  (YAHOO ニュース622)
 使わないというより使用許可がおりなかった。
 日本でSAABの部品を供給しているピーシーアイ株式会社の説明です。
 

 SAAB 900i を買ったのは1989年。
 後席の3点シートベルト、ドアのサイドインパクトバーなど搭乗者の安全を考えた装備の 5ナンバー車は SAAB だけで、消去法で浮かび上がった車した。
 所有すると、飛行機メーカーそしてスウェーデンという国柄が生み出す SAAB の安全思想の先進性は、使用者として愛着、魅力を高めるものでした。雑誌『NAVI』が車の安全性を取り上げ、世の中はさらなる安全性重視へ動き始めた頃でした。

 以来 SAAB に乗り続けていますが、写真のグリルバッチを誇らしく掲げていたころの DNA はすでに途絶えていたと思います。


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2016年6月24日 (金)

紫陽花とSAAB 99

 
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 紫陽花と SAAB 99 のグリル。
 
 灰色の梅雨空には、紫や青色の 紫陽花が映えて心が安まる。
 そして、枯れたままの紫陽花もまた、風情がある。
 そうなりたいものだ。
 

 作画的には、メッキ部品に紫や葉の緑を映しこみたかった。


 
 

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2016年6月17日 (金)

『釜定』さんの鋳物   灰皿 と ペン皿 

盛岡に工房を持つ『釜定』さんの 灰皿 と ペン皿 
・灰皿と書いたが、現在は小片口と紹介しているようだ。
 
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             灰皿 表
 
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             灰皿 裏
 
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                                  ペン皿
 
 40年ほど前。鋳物が好きならば気に入ると思う、と友人がくれた品物である。

 灰皿の底には「1974」の数字とマークのようなものがあり、ペン皿の中央には文様がある。この文様は、当時友人が勤めていた学校の校章かと思う。

 どちらも既存の品に、マークや校章を追加して配布した記念品のようだ。

 もらった当時は意匠が気に入っただけで、誰が作ったものかは気にしなかった。小さなものでもあり作家名が鋳込まれているわけでもないので、日用雑器の一つとして机のわきに置くようになった。ただペン皿の端に「南部鉄器」と書いた楕円形の小さな金色のラベルが貼ってあったので産地は特定できた。

 数年後、思いもかけない形で製作者と会う機会が出来した。
 岩手県の七時雨山荘へ一泊したときに、「南部鉄器の 『釜定』 さんです」 と山荘のご主人から紹介されたように記憶している。どういう集まりで七時雨山へ登ったか忘れたが、ほかにも県内の木工など手仕事の人たちがいらしたような気がする。
 下山後、盛岡市紺屋町のお店を訪ねると上記の品物が並べられていて、奇遇というか縁のようなものを感じた。この時はまだ、 『釜定』 の宮 伸穂さんがこの世界では著名な方とは存じ上げなかった。
 
 そのご縁というだけで厚かましいお願いでしたが、後年私の「ナマズ」、「一角獣」の作品を鋳造していただきました。
 また、宮さんは突然家族で立ち寄った時にも、裏の工房へ招き入れて製作工程を丁寧に説明してくださいました。子供たちも初めて見る作業現場に、目を輝かせておりました。そのようなお人柄が、心を引き付ける作品に表れるのでしょう。
 
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                                                            2011年 『釜定』前にて 
 
 
 
 
2016.7.2 02版 店頭写真等追加

 
関連記事:『釜定』さんの鋳物   ナマズと一角獣
 
 
 

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2016年6月16日 (木)

SAAB イグニッションキー、爆撃機の配電函

SAAB 99のイグニッションキーと、旧日本軍用機に使われていた配電函である。
 
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 写真左下の、さび味が出ているイグニッションキーは摩耗が進んだので、ようやく探し出した純正品と交換した。

 SAAB 18 爆撃機の正面図がモチーフという飛行機マークは、キーの他にもグリルバッチ、ウィンドウ、マッドガードなど人の目に触れる所へ使っている。
 それは出自が航空機メーカーであることを示し、しばしば広告にジェット戦闘機 SAAB 35ドラケン を登場せることで、車にその航空技術が生かされていることを強調したのではないか。

Saab99
 しかし、このデザインは、 1969年 から 1971年 までのわずか3年間しか使われなかった。
 推測だが、1969年にトラックメーカーのスカニア社と合併してコーポレート・アイデンティティ (CI)を行い、それまでの SAAB 書体を太く扁平なロゴタイプにしたからと考える。

 このころ日本では、マツダが CI で  MAZDA のロゴを新しくして話題になった。
 いま見ると、 SAAB と MAZDA のタイプフェースから同時代を感じる。正しくは MAZDA のM は小文字の m を使う。
 

 さて、何やら古い函のほうは父親が使っていたもので、
・大きさは、 長辺 90 mm × 短辺 60 mm 深さ 45 mm 
・材質は、アルミ。 板厚は塗装含めて 1 mm
・外側の塗装色は、黒の下地にあずき色
・内側の塗装色は、白色
 中に入っているリベットやねじ類はISO規格以前の、戦前から戦後のものと思う。
 
 蓋の銘板には 「爆室開閉器」 「爆倉室内灯」 「爆倉移動灯」 等の文字がエッチングしてあるから爆撃機内に取り付ける配電函かと思う。
 父親から、戦地で軽爆に乗せてもらって宙返りを体験したと聞いていたので、この函も爆撃機それも運動性の高い 99式 双発軽爆撃機の部品ではないかと 99 好きは結び付けてしまう。
 

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2016年6月11日 (土)

SPAD S.13 1970年 資生堂 MG5 のポスター

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壁には、資生堂MG5のポスターが掛けてある。
1970年10-12月のものだから、46年も前から月日は止まっている。
 
SPAD S.13 は、このポスターで初めて知った。
 
下に書いてある解説によると、
「・・・この図版のS13型機は第103中隊の指揮官、ロバート・スビランの愛機で、もとのラファイエット隊のしるしである、スー族の酋長の顔がえがかれている。」
 
ラファイエット隊は、第一次世界大戦にアメリカが宣戦布告するまで英国、フランス側について義勇軍として戦った航空隊の一つと書いてある。
 
操縦席の後ろから垂直尾翼へのラインが美しく、国旗色の酋長の羽飾りをひし形に収めたデザインがいい。
 
眺めていて飽きないが、退色も心配になる今日この頃。
 
 
どなたのイラストレーションだろうか.。
 
 
 

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2016年6月 4日 (土)

いよいよ別れの日が

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Dscn1728
 

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さらば Riley Kestrel Mk1
25年の煩悩の日々に決別。
溶鉱炉に消える日は近い。


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2016年6月 3日 (金)

目の前にあるモノ

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・  SONY ソリッドステート イレブン  

            いつも 82.5MHz NHK FM

・達磨    時々磨いている

・角     天童 鋭いノミ使い

・蓮形皿  東南アジアあたりの木材       

・鋳物灰皿 南部モノ

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